2012.08.26   VP2:アドニスとクレセント
「よう、お嬢様じゃねえか」

一休みしようとクレセントが食堂へ足を踏み入れた瞬間に声をかけられた。
間の悪い自分に舌打ちしつつ声のした方へ視線を向ければ、相変わらず人を小馬鹿にしたような顔のアドニスがいた。対面に座っているのは、確かクリスティとかいう名の弓闘士だ。
その珍しい組み合わせに興味を持ち、二人の居る卓まで近付いていく。
「……珍しいじゃない。アンタが女連れなんて」
「都合良くお嬢様が通りかかってくれて助かったぜ。――おい。そういう訳だから、さっきの用件はこっちに頼めよ」
クレセントの発言には答えず、アドニスは眼前の弓闘士に話しかけて立ち上がった。
話の見えないクレセントが眉をしかめていると、クリスティが笑顔でアドニスに手を振る。
「わかりましたあ。アドニスさんには、また今度お願いしますね!」
二人の会話から察するに、どうやら自分は何か押し付けられたらしいと判断して、足早に立ち去りかけているアドニスの腕を慌てて掴んだ。
「ちょっと!アタシに何させる気なのか、ちゃんと説明しなさいよ!」
「なんだ、怖じ気づいたのか?そんなに大変な事じゃねえよ。そこの皿の上のやつを味見して欲しいんだとさ」
「味見って……。それだけ?たったそれだけの事を人に押し付けるの!?」
「おうよ。俺は偏食なんだって知ってるだろ。んじゃあ後は任せたぜ、お嬢様?」
悪びれる様子もないアドニスに毒気を抜かれ、クリスティに促されるままクレセントは腰を下ろした。
改めて卓上に眼をやれば、美味しそうな焼き菓子が皿に並んでいる。
「セルヴィア様に作ったんですけど、まだ自信が無くて。良かったら味を見てくれませんか?」
「それは、別にいいけど……」
これの何に恐れをなしたのかは理解出来ないが、アドニスに出来ない事が出来るのは気持ちが良い。
上機嫌で焼き菓子を一つ摘まむと頬張った。口に入れた瞬間、何とも言えない味がした。吐きそうになるのを堪えて無理矢理飲み込むと、にこにこしているクリスティに恐る恐る尋ねた。
「……これ、一体何入れたの?」
「セルヴィア様って外見に似合わず辛党なんですよー。だから、辛くなりそうな物は全部入れちゃいました!で、味の方はどんな感じですか?」
「………………死ぬほど不味い……」
「そうですかあ。残念ですー。今度こそ上手く出来たと思ったのになあ」
ご協力ありがとうございました、と去っていくクリスティをクレセントは涙目で見送った。
2012.02.14 up
以前memoにアップしたものです。
今年のバレンタイン小ネタでした。ほんのりアドクレ風味…?
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