Menado Ensis

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GOD EATER

年に一度のFSDで、アナグラのエントランスは混雑していた。

一般に神機使いは恐れられてはいるが、その分興味もあるのだろう。普段は入る事が出来ない場所を、物珍しそうに眺めている者も沢山居る。
だからだろうか、事務などの職員は居るが神機使いたちは表には出てきて居ないようだ。
疾うの昔に引退した自分ですら遠巻きにされているのだ。現役の神機使いたちがここに居ないのも、仕方の無い事かもしれない。
壁を背にしたまま、見世物じゃあ無いんだけどなあとゲンは苦笑した。このまま見世物に徹していてもいいが、そろそろ約束の時間だ。相手を待たせて針の筵に座らせる訳にはいかない。
移動しようとしたゲンの視界に、ふと入り込んできたものがあった。
何かを探しているように周りを見渡している十代半ばくらいの少年と、その少年に手を引かれている幼い少女だ。兄妹でアナグラで働いている家族に会いに来たに違いない。
よくある光景の一つだ。おそらく職員の家族だろうと目安をつけて、ゆっくりと歩み寄りながらゲンは声をかけた。

「よう少年。どうした、誰か探しているのか?」
少年が声のした方へ振り向く。その眼が右手の腕輪に向けられたのを感じたが、気付かない振りをして、怖がらせないように少し距離を置いて立ち止まる。
そんなゲンの気遣いを無にするように、少年は少女を連れてゲンのすぐ側まで寄ってきた。
おや、と思う間も無く、少年は真っ直ぐにゲンを見上げて尋ねた。
「神機使いの方ですか?」
「もう引退した身だがね。今は神機使いたちの相談役みたいなものだ。……家族に会いに来たのか?」
ゲンが笑いながら訊くと、少年は頷いた。
「あねう──雨宮ツバキは、どこにいますか?」
予想外の答えに、ゲンは眼を丸くした。
「ツバキのお嬢ちゃん?」
「いないんですか?」
「いや、ちゃんといるが、本当にツバキのお嬢ちゃんの身内なのか?」
「……どういう意味です」
「おいおい、そんなに怖い顔をするなよ。大した事じゃない。前に家族は居るのかって訊いた事があってな。で、その時に『もう会えない』って言ってたもんだから」
てっきり居ないものだとばかり思ってたんだ。悪いな。ばつが悪そうに謝るゲンを遮って、少女が泣き出した。

「わ、私が悪いの。私が、もう、か、顔も見たくないって言った、から……!」
「サクヤが悪い訳じゃないって。な?」
少年が優しく頭を撫でる。その様子を微笑ましく見守りながら、ゲンが腑に落ちたように頷いた。
「じゃあ、今日は仲直りに来たのか?」
「ええ、まあ」
「そりゃあいい。これからツバキのお嬢ちゃんと一緒に昼飯を食う約束なんだ。お前さん達も一緒にどうだい?」
「あー…ご迷惑じゃなければ、是非」
唐突な誘いに、驚きながらも少年が頷いたのを確認して、ゲンは行くぞと歩き出した。


「そういえば、自己紹介がまだだったな。俺は百田ゲンっていうんだ」
「弟のリンドウです。こっちは幼馴染みのサクヤ」
「リンドウにサクヤ、か。よろしくな」
他愛も無い話をしながら、三人で待ち合わせ場所に向かう。約束の時間前に着いたが、ツバキはまだ来ていないようだ。
「まだ来てないみたいだな」
「あの……今日は他の神機使いの方々は、いないんですか?」
「ん?ああ、確か第一部隊はお嬢ちゃん以外は出払ってるが、防衛担当の奴らが何人かは残ってる筈だ」
「姉上だけ居残り?」
「二三日前に軽い怪我をしてな。もう治ったんだが大事をとって留守番してるんだ。で、どうせ暇なんだろうから、飯でも一緒にどうだって誘った訳だ」
「そうですか……」

俯いたリンドウを横目に周りを見渡すと、見知った顔がやって来るのが見えた。
「来たみたいだぞ」
肩に手を置くと、リンドウが弾かれたように顔を上げる。同時に、ツバキもゲンの隣にいる人物に気がついたのだろう。微かに顔を強張らせると、さっと踵を返した。
「すみません、少しだけサクヤを頼みます────姉上!」
言うなりゲンの返事も聞かずに追いかけて走り出した。その後ろ姿は、あっという間に雑踏にまぎれて見えなくなる。
若いな、とゲンが眼を細めていると、サクヤが俯く気配を感じてそちらに意識を戻した。
「どうした?」
「……ツバキさん、やっぱり私のこと嫌いになっちゃったのかな」
顔を覗き込むと、サクヤは大きな眼に涙を溜めていて今にも泣き出しそうな雰囲気だ。
「し、仕方ないよね。あんなに酷いこと言っちゃったし」
「まあ、ツバキのお嬢ちゃんは頑固だからなあ」
ゲンは屈みこんでサクヤに目線を合わせると笑いかけた。
「だがなあ。そんな心配しなくても、サクヤがきちんと心を込めて謝ればツバキのお嬢ちゃんは許してくれると思うぞ」
「本当にそう思う?」
「ああ。お互いに仲直りするきっかけが欲しかっただけだろうしな。さ、リンドウがツバキのお嬢ちゃんを連れて戻ってきた時に、そんな顔をしていたんじゃ心配されてしまうぞ」
サクヤはじっとゲンを見つめると、にっこりと笑った。
「うん」
「そうそう。何事も笑顔が一番だ」
ゲンは口元に笑みを浮かべ、サクヤの髪をくしゃりとかき混ぜた。


2010.09.07 up