Menado Ensis

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GOD EATER

リンドウと共に任務を終えて戻ってきたエントランスで、出撃までの時間を潰しているタツミとツバキに偶然会った。
タツミがお疲れ、と手を上げてきたので、ソーマは仕方なくああ、と頷く。 傍らのリンドウを見ると、すでにツバキと情報交換を始めているようだ。
先に自室に戻っていいかと聞きそびれてしまった。まあ今日はさほど疲れるような事も無かったし、雑談も仕事の一つと割り切ってしばらく付き合うか──と、ソーマにしては珍しく周りの声に耳を傾ける事にした。

「そういえば、昨日リッカちゃんが美味しそうに飲んでたから『冷やしカレードリンク』ってヤツを飲んでみたんですけど、何ですかアレ!」
「あー…あれはなあ、何ていうか酷い味だよな」
「後頭部を殴られたような衝撃的な味がしましたからね……俺の人生で心底驚いた事ランキングの三番以内に入る出来事ですよ」
そう言ってタツミが大げさに肩をすくめると、リンドウが面白そうに笑う。
「何だそれ、変なランキングだな」
「どうせ忘れられないような事なら、楽しく覚えていた方がいいじゃないですか。で、リンドウさんは何か驚いたりした出来事とか無いんですか?」
「ん、俺か?俺はあれだな、コンゴウが壁に刺さってた事かな」
「ええっ!?コ、コンゴウが、壁に?一体どういう状況なんですか、それは」
「多分、移動の途中で脆くなってた箇所を踏み抜いて、挟まったんだろうな。俺のいた場所からは、壁からはみ出てるコンゴウの下半身が見えただけだったし」
「ぶはっ!そ、それで、結局、どうしたんですか」
「それが、かなり高い所でぶら下がってたせいで攻撃が届かなくてさ。泣く泣く応援を呼んだんだ」
あくまで真剣な顔つきのリンドウと話している内容のギャップで、タツミはとうとう盛大に吹き出した。ソーマですら頬が緩むのを堪えられずに俯いてしまってる。
そんな二人を見て、リンドウは呆れたように腰に手をあてた。
「お前ら他人事だと思って……。『コンゴウが、高い壁に挟まって動けなくなっているから倒せません。助けて下さい』って、連絡しなくちゃいけなかった俺の気持ちも考えろよ」
ねえ、と隣で一人平然としていたツバキに同意を求める。
「あれは、かなり噂になっていたからな。『コンゴウが壁に刺さってた新人』という話は、当時のアナグラに居た人間なら皆知っていたぞ」
ツバキがリンドウの話を補足したせいで、タツミは一度は治まった笑いの発作がぶり返してしまったらしい。今度は我慢しないで腹を抱えて笑い出した。
笑い転げているタツミの背中を軽く叩くと、リンドウは明るい声音でツバキに尋ねる。
「姉上は何かありませんか?」
「そうだな……」
お前に比べたら大した事はないが、と前置きしてから話し出した。
「何年か前にアナグラで迷子を見つけた事がある」
聞こえてきた言葉に、ソーマの忘れかけていた遠い記憶が蘇ってくる。

──まさか、な。

あの時の相手な筈はないと思いつつも、ソーマは三人の会話に耳をそばだてた。
「アナグラで迷子ですか?」
「来たばっかりの新人が迷ったとか?」
「いや、職員の家族のようだった。道に迷ってうろうろしていたから声をかけたんだが」
「あーそれは立派な」
迷子ですね、と続く言葉はソーマの声に遮られた。
「迷ってねえ」
「ソーマ?」
リンドウが驚いたようにソーマを見る。黙っていた方が良いのは理解しているのだが、思わず横から口を挟んでしまった。
どうしたものかと考えていると、面白そうな顔をしているツバキと眼が合う。
「なるほど。似ているとは思っていたが、お前があの時の迷子か」
「だから、迷子じゃねえって言ってるだろうが」
からかうようなツバキの物言いに、むきになって言い返していると出撃の時間を知らせるブザーが鳴った。
「おっと、もうそんな時間か」
「話し込んでいるとあっという間だな。──それじゃ行って来る」
「あー、いってらっしゃい」

二人の姿がゲートの向こうへ消えてしまうと、リンドウが肩を寄せてきた。
「で、本当はどうなんだよ?」
まるで内緒話でもするかのように声を潜めている。言っている意味がわからなくて、ソーマは訝しげな顔をして聞き返した。
「何がだ?」
「さっきの話。姉上の前だと見栄とかもあるし、違うって言い張るのもわかるんだけどな。今は俺とお前しか居ないだろ?男同士、腹を割って話そうぜ」
安心しろって。ここだけの話にしておいてやるから、な?
にやけている表情が気になったが、リンドウは嘘はつかない男だ。そこは信用してもいいだろう。
ほんの少し迷ったあと、ソーマが恥ずかしそうにぽつりと呟いた。

「──……ちょっとだけ迷ってた」
「ほう」
リンドウは口角を上げると、周りに人が居ない事を確認してソーマの耳元で囁く。
「実は俺も、初めてアナグラに来た時は迷子になったんだ」
「お前が?」
「ああ。恥ずかしいから誰にも言った事は無いんだけどな。お前も言うなよ?約束だからな」
「わかった」
ソーマが頷くのを確認して、リンドウは満足げに微笑んだ。


2011.02.20 up