Menado Ensis

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GOD EATER

閃光が視界を奪う。だが、それもほんの一瞬の事だ。スタングレネードを使用するとほぼ同時に、一目散に駆け出したタツミに付き従うように走るブレンダンの気配を感じた。
目の前のアラガミが標的を見失って見当違いの方向へ攻撃を仕掛けている。またこちらを視認する前に、何としてでも安全な場所まで逃げ切らなければならない。
そんな事を考えながら走っているとブレンダンが振り向きざまにスタングレネードを投げた。最初の衝撃から立ち直りかけていたアラガミは、再び閃光に目を奪われて自分たちを見失ったようだった。
綿密な打ち合わせをした訳でもないのに、自分のしようとする事を察してサポートしてくれる所は流石だと思う。こんな場面なのに思わず笑みが零れた。


現状で離脱する事は難しいと判断し、二人は物陰に身を潜めてしばらく様子を窺うことにした。
休息すると決めた途端、タツミは腰を下ろして大きく喘いだ。こんなに全力疾走したのは久しぶりだ。隣を見れば、ブレンダンも同じように息を切らせている。
「よう、……無事、か?」
息も絶え絶えにタツミが声をかけると、ブレンダンは僅かに目線を上げ口元を緩めた。
「どうにかな……」
「そいつは良かった。この場を上手く切り抜ける為には、お互いに万全な状態じゃねえとな」
肩で息をしながら軽口を叩く。 どうにか上手く撒けたとはいえ、相手はアラガミだ。そう長く隠れていられるものでもない。 手早く呼吸を整えると、タツミは腰のポーチに手を伸ばして中身を確認する。もしかしたら、何か役に立つものが残っているかもしれない。

「──回復錠が二つとスタングレネードが一つ、か。まあ、何にも無いよりはましだな。ブレンダン、そっちはどうだ?」
「こちらも似たようなものだ。スタングレネードが二、あとはレーションが少しといったところか」
同じく携行品を確認していたブレンダンが答える。眉間に皺を寄せ、難しい顔をしているブレンダンの背中を軽く叩いてタツミは大げさに肩をすくめてみせた。
「冗談がきついよなあ、まったく。後で調査隊に盛大な文句の一つでも言ってやろうぜ」
「文句?」
「何がヴァジュラテイルの討伐だ、大型のアラガミがいるなんて聞いてない!ってな。ついでにツバキさんにも泣きついて、特大の雷を落としてもらおうぜ」
悪戯を思いついた子供のようにタツミがにやりと笑う。こんな時でも前向きなタツミにつられるようにブレンダンも微かに笑みを浮かべた。
「ああ、それは面白そうだ」
「だろう?それじゃ、その楽しい案を実行する為に、だ。お前のスタングレネードと俺の回復錠を交換しようぜ」
「……何?」
訝しげな顔をするブレンダンに、タツミはあっさりと言った。
「俺が時間を稼ぐから、お前が救援を呼んで来い」
「なっ──!」
「仕様がないだろ?のんびりアナグラと連絡取ってる余裕も無いんだ。まあ、そもそも繋がらないしな」
反論しようとしたブレンダンを目線で黙らせて、徐々に不穏な空気が漂ってくる背後を窺う。
「口論してるヒマはねえ。いいか、ブレンダン。後は任せるぞ」
「し、しかし」
「大丈夫だって!俺はお前より小回りがきくし、逃げ足にも自信がある」
「だが……」
「心配性だな、お前も。まだヒバリちゃんと一回もデートした事ないんだ。こんな所でくたばったりなんてしねえよ」
「……ああ、わかった」
「よし!頼んだぜ」
不承不承といった表情でブレンダンが頷く。その両肩に手を置いてタツミは破顔した。 善は急げとばかりに二人が慌しく所持品の交換をしていると、背後がにわかに騒がしくなった。
「──何だ?」
まるで何かと戦っているかのようなアラガミの声がして、タツミは悪い予感に身体を震わせる。
「……まさか、新手が来たのか?」
「そんな事は無い、と言いたいところだが……。少し様子をみよう」
一匹だけなら何とか逃げる事が出来ても、敵が複数いればそれも難しい。共倒れしてくれればいいのだが、そこまでいかなくても手傷の一つでも負ってくれれば──と願わずにはいられない。
二人が固唾を呑んで見守っている中、しばらくは激しくぶつかる音やアラガミの唸り声がしていたが、やがて断末魔のような声をあげて静かになった。

「……よし、行くぞ」
ブレンダンを促して物陰から外の様子を窺う。隙を見てブレンダンだけでも何とか逃がせないか、とタツミが油断なく見渡すと、そこには見慣れた後ろ姿があった。少し着崩れた風の指揮官服の男は、背後の二人に気付いた様子も無く倒したばかりのアラガミを捕食している。
「──リンドウさん?」
思わずタツミが声をかける。その声が聞こえたらしいリンドウが面を上げ、屈託の無い顔で笑いかけてきた。
「おお、お前らそんなところに居たのか」
怪我は無いかと尋ねられたタツミが両手を大きく広げてみせた。
「おかげで助かりましたよ。でも、どうしてここに?」
「ん?ああ、お前らが帰投時間を過ぎても戻らないって姉上から連絡があってな。ちょうど任務も終わったところだったし、帰る途中で寄ってみたって訳だ」
「そうだったんですか」
「お疲れのところをご足労いただき、ありがとうございます。おかげ様で命拾いしました」
ブレンダンが頭を下げると、隣にいたタツミが脇腹を肘で小突いた。
「何だ?」
「お前、ちょっと堅苦しすぎ」
「上官に対する態度としては、当然だと思うが……」
あくまでも生真面目に返答するブレンダンに、リンドウは頭をかいた。
「あー、ブレンダン。ついでに言っとくぞ」
「はい」
「俺は一応お前たちの上官だが、お前たちの事は部下ではなく仲間だと思ってる。仲間が危ない時は、助けに行くのが当たり前だ。お前だってそうだろ?」
「それは、そうですが……」
「だろ?だったらその、ご足労いただきってのはやめて、助かりました程度にしといてもらえると嬉しいんだがなあ」
他人行儀みたいな感じがして、何か嫌なんだよなあ。リンドウがそう言うとブレンダンは困ったような顔をしていたが、ややあって頷いた。
「わかりました。──助けていただいて、どうもありがとうございました」
「おう。んじゃあコアの回収も済んだことだし、そろそろ帰るか」
リンドウは嬉しそうに眼を細めると二人を促して歩き出した。


2011.09.04 up