Menado Ensis

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GOD EATER

珍しく半日ほどの休みが取れたので、サクヤを誘って昼食にしようかとツバキが受付に近寄っていくと、サクヤがほっとしたように顔を上げた。
「ツバキさん。丁度良かった、ちょと頼みたい事があるんだけど……」
「何だ、面倒事か?」
「そんなんじゃないよ。あのね、今月の討伐報告書、リンドウだけまだ提出してないの。お昼までには持ってくるって約束してたんだけど……」
悪いんだけど、様子を見てきてくれないかな。申し訳無さそうに両手を合わせたサクヤに、ツバキは眉を顰めた。
「またあいつは……。わかった、ちょっと様子を見てこよう」
「ごめんね、せっかくのお休みなのに」
「気にするな。最近すれ違いが多くてあいつの顔も見てなかったから、そのついでだ」
「うん、ありがとう。よろしくね」
笑顔のサクヤに手を振って、ツバキは踵を返してエレベーターに向かった。


「リンドウ、私だ」
扉の横にあるインターホンを押して来訪を告げるが、しばらく待っても何の反応もない。
訝しく思いながら、もう一度呼びかけてみるがやはり返答は無い。
(居ないのか……?)
扉に触れると鍵はかかっていなかったようで、あっけなく開いた。
留守なら無用心すぎるし、居るなら居るで返事が無いのはおかしい。確認の意味も込めてツバキは部屋に踏み込んだ。
「リンドウ、入るぞ」
部屋を見渡すがリンドウの姿は見えない。はて、どこへ行ったのかと首を傾げて、書きかけの書類がテーブルの上に置かれているのに気が付いた。
そちらの方へ歩いていくと、手前のソファでリンドウが寝息をたてているのが見えた。どうやら報告書を書いている途中で寝てしまったらしい。
「寝ているのに、部屋の鍵を開けっ放しとは無用心だな」
呆れたように呟くが、このところ激務だったのは知っているので叩き起こすような事はしない。 ベッドから毛布を持ってきてそっとかけてやり、対面のソファに腰を下ろすとテーブルの書類を手に取った。


「ん……。あれ、姉上?」
おはようございます、とリンドウが寝ぼけた声を出す。眼をこすりながら身体を起こし、姉が手にしている書きかけの報告書に気が付いた。一瞬で眠気が吹っ飛ぶ。
「あ、姉上……!その、それはですね」
「──お前が昼を過ぎても報告書を持ってこないから、サクヤが心配していたぞ」
慌てているリンドウとは対照的に、ツバキは落ち着いた声音で唇に笑みを浮かべた。その表情を見て、リンドウは背中に冷たいものを感じた。

──間違いない。これは、もの凄く怒っている。

何か怒らせるような事をしただろうかと思いながら姿勢を正す。そんなリンドウを一瞥するとツバキは息を吐いた。
「お前が忙しいのは知っているし、多少は討伐報告書の提出が遅れても仕方が無いとは思うが、いくらなんでもこれは無いだろう」
「はあ……」
何の話だろうとリンドウが首を捻っていると、ツバキがテーブルへ書類を広げた。問題のある箇所を指で示す。
「討伐内容が『昨日と同じ』とはなんだ。子供の日記じゃあるまいし」
「あー、それはその、寝ぼけて書き間違えたんじゃないですかね、多分」
「そうか。ではこちらの『コクーンメイデン1匹』は?これも書き間違いか?」
「えーっと、それは…………まあ、面倒臭くて、ですね」
視線を逸らして頭をかいたリンドウに冷たい眼を向ける。
「まさか、毎月こんな適当な内容で提出していたのではあるまいな」
「……」
ツバキに問い詰められリンドウの眼が泳ぐ。その様子から、いつもこんな風に書いていたのだろうと容易に想像がついた。
「私は、お前にも報告書の書き方をちゃんと教えたと思うが?」
「や、それは……その、すみませんでした」
勢いよくリンドウが頭を下げる。その思い切りのよさに嘆息がもれた。
「もういい。過ぎた事を言っても意味が無いからな」
頭を上げてほっとした表情を見せたリンドウは、続く言葉を聞いて顔を強張らせた。
「まだ夕飯まで時間がある。お前がしっかり書き直すまで、ここで見張っていよう」
「えっ!?だって、姉上は忙しいんじゃ……」
「今日は半休だ」
「せっかくの休暇なら、何もそんな事しなくたって──」
「リンドウ」
「はい?」
何でしょうと尋ねる弟に、ツバキは物騒な笑みを浮かべる。
「お前が早く書き終われば、ゆっくり休める。充分に睡眠もとったようだし、今度は書き間違いもしないだろう?」
姉が一度決めたら梃子でも動かない人なのは嫌というほど理解している。自分に非があるのがわかっているだけに抵抗するのは早々に諦めて、リンドウはテーブルの上の討伐報告書に向かった。


2011.11.27 up