Menado Ensis

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GOD EATER

リンドウは退屈そうにツバキの話を聞いていた。最初こそ真面目を装っていたが、今ではあくびを噛み殺している始末だ。居眠りをしないだけ今日は幾分ましかもしれない。
次の任務についての打ち合わせの最中だというのに相変わらず集中力が足りていない弟の様子に、ツバキは呆れたように一つ息を吐いた。
「おい、リンドウ」
「何でしょうか姉上」
「随分と暇そうだが、お前、人の話をちゃんと聞いていたのか?」
「もちろんです。ちゃんと聞いてました。次の任務は、──えっと、何でしたっけ?」
忘れちゃいました、とリンドウは笑いながら悪びれた様子もなく頭をかいた。
「まったく……。聞いていないならいないと、最初からそう言わないか」
「だって聞いてないって言ったら怒るじゃないですか」
「当たり前だ。ちゃんと聞いていないお前が悪い」
「ま、次から気をつけるって事で。今回は何を倒せばいいんですか?」
すっかりリンドウのペースだが、いつまでも説教をしている訳にもいかないので話を任務に戻した。小言は打ち合わせを終えてからでもいいだろう。
「コンゴウだ。この辺では珍しいな。調査隊の話では一匹だけらしいから、さほど時間もかからないだろう」
「なるほど。という事は、俺と姉上の二人で行くんですか?」
「いや、今回はお前一人で行ってもらう」
「え、本当ですか?……俺、一人で倒せる自信無いですよ」
「新人に経験を積ませろという事だろう。本来ならば、お前に単独の任務はまだ早すぎると思うが──支部長は、随分とお前を評価しているらしい」
「はあ、それは、ありがた迷惑というか何というか……」
「実力だけなら問題は無いと私も思ってるが、お前はどこか抜けているからな。変なところで油断して命取りにならないか、そこだけが心配だ」
たった一人の弟だから、お前が死ぬところなんて見たくない。 ぽつりと呟いた言葉は、滅多な事では口にしない姉の本音で、リンドウは思わずまぜかえそうとしていた言葉を飲み込んだ。
居住まいを正してどこか気まずそうな顔をしているリンドウより先にツバキが口を開く。
「話が逸れてしまったな。改めて今回の任務についての詳細だが、一度しか言わないからしっかり聞くように」


「────以上だ。何か質問はあるか?」
手元の書類を捲りながらツバキが問いかける。ちらりと目線を上げれば、真面目な顔をしているリンドウが見えた。どうやら今度はちゃんと聞いていたらしい。
普段からそういう態度でいてくれればな、と思いながら書類を閉じた。
「リンドウ、あまり難しく考えるな」
「はあ」
「大事なのは生きて帰ることだ。いつも言っているだろう。無事に戻ってこれるなら、一人で倒すのは無理でした、と泣きつくのも悪い事ではない」
「そうは言いますけどね、姉上。俺にも一応、プライドってものがあるんですよ?」
「ちっぽけなプライドなど捨ててしまえ。お前には逃げ回ってでも生き残る義務がある。──ああ、そうだ。お前がヘマをしてもサクヤには内緒にしておいてやるから、安心して泣きついてこい」
そう言うとツバキは僅かに口元を綻ばせた。大げさに肩を竦めたリンドウが呆れたように言う。
「あんまり弟をからかわないで下さいよ。ま、おかげで緊張も解れましたけど」
「そうか」
「あー、ついでと言ってはなんですが、姉上。一つお願いがあるんですけど」
「何だ」
「コンゴウを無事に一人で倒せたら、姉上の分の嗜好品配給チケットを下さい。自分の分はもう無くなってしまったので、貰えると凄くやる気が出るんですけど」
真剣な話かと思って身構えていたのに、あまりの馬鹿馬鹿しさに盛大なため息が漏れた。何を考えているのかわからない笑顔のリンドウを見ていると、心配していた自分が馬鹿らしくなってくる。 そんな些細な事でやる気になるというのなら、それもいいだろう。
「……わかった。無事に帰ってきたら、今月分のチケットはお前にやろう」
「やった!約束しましたからね、後になってやっぱり駄目は無しですよ?」
「いいから早く行ってこい」
「んじゃあ、やる気も出たことだし行ってきます」
手早く倒して帰ってくるんで、チケットの用意をしておいて下さいね?
にこやかに手を振って、リンドウは部屋の外へ出た。出撃準備を整えるためにターミナルへ向かいながら、がりがりと頭をかく。

どうやら、自分は予想以上に心配をかけていたらしい。

表には出さなくても、そのうち心労が重なって倒れてしまうのではないか。このままでは自分のせいで姉が怪我をしたりするかもしれない。
これからはもう少し真面目になって姉の負担にならないようにしよう。そして、ゆくゆくは背中を任せてもらえるくらいに強くなるのだ。
そう心に決めて、リンドウは準備を済ませると出撃ゲートを潜った。


予想外の事態に出くわした涙声のリンドウから連絡がくるのは、それから一時間後である。


2011.06.26 up