Menado Ensis

Photo by 戦場に猫  Designed by m.f.miss

GOD EATER

01.こぼれた砂のような 【ペイラーとツバキ ※】

ペイラーからの急な呼び出しを受けて、ツバキはエレベーターを降りた。博士の研究室の扉を開けて中に居るであろうペイラーに声をかける。
「サカキ博士。お呼びですか?」
「やあ、ツバキ君。忙しいところを呼び出してすまないね」
「いえ。それで、ご用件は?」
「そうそう。これなんだけどね」
ペイラーは机の影から、何やら怪しげな液体が入った容器を出してきた。上機嫌で謎の液体を傍にあった小さめのビーカーに注ぐ。
「実は試作品の味見をして貰おうと思ってね。コップが無いから、代わりにコレで我慢してくれるかい?」
「味見……ですか?それは構いませんが」
「やってくれるかい!?いやあ助かるよ!誰も試してくれなくってねえ」
究極の嗜好品を作りたくてねえ。構想だけは随分前からあったんだけど、最近ようやく形に出来るようになってきたんだ。やっと世の中が私に追いついてきたって感じがすると思わないかい?
ぐっと身を乗り出してきて一方的に喋るペイラーに、反射的に体をのけぞらせてしまう。避けずにいて頭突きされるよりはと思うのだが、何だか負けてしまったようで少し悔しい。
この迷惑な行動をやめてくれればいいのだが、おそらく無理だろう。
次があればのけぞったりしないように最初から距離をとろう、と密かに心に決め、いまだ喋り続けているペイラーの手からビーカーを受け取った。
「いただきます」
ツバキが一息で飲み干すと、ペイラーが笑顔で尋ねる。
「どうだい?」
「──泥水でも啜っていた方がマシな味ですね」
素直な感想を言うと、ペイラーはがっくりと肩を落とした。
「……そんなに駄目かい?」
「こういったものは個人の嗜好ですので。私には合わないというだけです」
「うーん、やっぱり素材が良くないのかなぁ……」
ウロウロと室内を歩きながら改良作を考え出したペイラーに、ツバキは控え目に声をかける。
「ときにサカキ博士。ご自分で味見はされていないのですか?」
「うん?していないよ」
「では、今後はまずご自分で試してからにして下さい。──仕事がありますので、私はこれで失礼します」
不思議そうな顔をしているペイラーに一礼すると、ツバキは研究室を後にした。


2010.11.27 up
初恋ジュースネタ。博士は自分じゃ絶対味見とかしなそうですよね。



02.幼い日の想い出 【ソーマとツバキ】

父親の極東支部への配属が決まり、こちらへ来て半月が経った。
父は支部長として色々とやっているらしいが、詳しいことはわからない。知りたくない、と言った方が正しいかもしれない。
どこに居ようと自分の日常に変化がある訳ではない。常に周りから化け物という扱いをされ、偏食因子の研究という名目で体中をいじくり回されるだけだ。

そんな毎日に嫌気がして、ある日ふらりと立ち入ってはいけないと言われていたアナグラの施設の中へ足を向けた。
見慣れない風景が物珍しくて色々と見て回っていたら、奥の通路から歩いてきた東洋人の女性に声をかけられた。
「そこの少年」
「……俺の事か?」
「他に誰がいる。ここは関係者以外立ち入り禁止だ」
「……」
「ひょっとして迷子か?」
迷子なんて、もっと小さい子供がなるものじゃないか。少しむっとして思わず言い返す。
「迷子じゃねえ」
「では何だ」
「……用事があって来たんだ」
「用事?なら、どちらにしろ迷子だろう。場所を間違えてるぞ。目的地まで送って行こう」
ほら、と差し出された彼女の右手に赤い腕輪がはめられているのに気がついた。
神機使いを見たのは初めてだったので、じっと腕輪を見つめていたら眼前の女性は違う意味に受け取ったらしい。困ったような笑みを浮かべて差し出していた手を引っ込めた。
「ここで少し待っていろ。他の職員を呼んでくる」
そのどこか諦めたような表情に、神機使いは恐れられていると聞いた事を思い出した。
しまった。傷つけた、と反射的に踵を返した女性の袖を掴む。女性が驚いた顔で振り向いたが、この行動には自分でも驚いた。
普段から自分を『化け物』と忌み嫌ってる奴らと同じにはなりたくない一心で、深く考えずに掴んでしまった。どうしよう。気まずい沈黙の中、ぼそりと囁く。
「……食堂」
「は?」
「食堂まで行けば、後はわかる」
だから連れて行けと言外ににおわせると、神機使いの女性は低い声で確認するように訊いてきた。
「──私が連れて行っていいのか?」
無言で頷くのを見て、彼女は少し迷った後そのまま手を取って歩き出した。

誰かと手を繋いで歩くなんて思いっきり迷子みたいじゃないか。不満に思ったのも確かだが、善意で連れて行ってくれているのだから振りほどくのも憚られた。俯いたまま、こういう時は礼の一つでも言った方がいいのかと考える。

──ここまで連れてきてくれてありがとう、とか?

目的地へ向かいながら何度となく言えそうな言葉を考えてはみたが、どれも面と向かっては気恥ずかしくて言えそうになかった。


2010.10.27 up
ツバキさん18歳、ソーマ7歳。
支部長が極東支部に赴任したのが60年のはずなので、多分それくらい。



03.たとえば二者択一 【タツミとリンドウ】

「だからね、俺、思うんですよ」
先日アナグラへ来たばっかりの新人──大森タツミという名前らしい──が熱弁を振るっているのを、リンドウは煙草をふかしながら聞いていた。
新人であるタツミの初任務についてロビーでの打ち合わせを終え、肩の力を抜けるようにと軽い雑談のつもりで話し始めたのだが、それからずっと喋りっぱなしである。腹減ったなあとぼんやり考えながら適当に相槌を打っていると、タツミが疑わしげに訊いてきた。
「リンドウさん、ちゃんと俺の話聞いてます?」
「ん?あー聞いてる聞いてる。……で、何の話だったっけ?」
悪びれもせずに笑うリンドウに、タツミは少し傷ついたような顔をした。
「全然聞いてないって事じゃないですか……」
「悪いなあ。ちょっとぼーっとしててさ」
「疲れてるんじゃないですか?ちゃんと休んだ方がいいですよ」
「休みたいのはやまやまだが、そうも言ってられんだろ」
「神機使いってやっぱり激務なんですねえ……。あー、こんな荒んだ生活の中でも、明るく楽しく暮らしたいっていう俺のささやかな願いは叶うのかなあ」
大げさに天を仰いだタツミがおかしくて、リンドウは口元をほころばせた。
「ま、そう悲観的な状況でもないさ」
「わかってないなあ。いいですか、リンドウさん。美味しいご飯と不味いご飯なら、美味しい方を食べたいのが人情ってものじゃないですか」
「んー、まあ、そうかもなあ」
「まだありますよ。たとえば、疲れて帰ってきた時に出迎えてくれるのが、むさくるしいおっさんと可愛い女の子だったら、断然女の子でしょ。尚且つその可愛い女の子がスタイル良かったら、そりゃもう文句無しですよ!」
「あー……それは、ちょっといいな」
「でしょう!?さっすがリンドウさん!!よくわかってらっしゃる!」
興奮気味に立ち上がり眼を輝かせているタツミに、手振りで座るように促す。
「まあ落ち着けよ。そんなんじゃ可愛い女の子にも逃げられちまうぞ」
「あっ、す、すみません。つい興奮しちゃって」
ロビー中の視線を一身に浴びている事に気づき、タツミは顔を赤らめながら大人しく腰を下ろした。恥ずかしそうに俯いて居住まいを正しているタツミを見て、悪い奴じゃなさそうだと認識する。
このどこか憎めない性格の新人になら、背中を預けてもいいかなとリンドウはぼんやり考えた。


2010.12.18 up
リンドウさんと新人の頃のタツミ。 タツミはどんな時でもマイペースっぽいイメージが。



04.その手をすり抜けたのは 【ツバキとタツミ】

手元の端末を操作しているツバキに、奥から歩いてきたタツミが声をかけた。
「どうですか?」
「──駄目だな。しばらくは使えそうにない」
肝心な時に使えないなんて、役立たずもいいところだ。ツバキは苦々しげに眉根を寄せると、タツミに向き直る。
「怪我人の様子はどうだ?」
「とりあえず応急処置はしました。今のところ、命に別状はないかと」
「そうか。不幸中の幸いだな」
奥で休んでいる仲間に眼をやり、どうしたものかと思案の末に口を開いた。
「……タツミ」
「無理です」
「まだ何も言ってないぞ」
「怪我人を連れて、先に行けっていうんでしょ?言わなくてもわかりますよ。こうもアラガミがうじゃうじゃ居る中を移動するなんて、無理に決まってます」
「そうだな。やはり居なくなるのを待つしかないか。……せめてアナグラと連絡がとれればよかったんだが」
一つ息を吐いてツバキが腰を下ろすと、タツミが屈んで覗き込んできた。その顔は、どことなく楽しげに見える。
「何だ」
「リンドウさん、きっと心配してますよ」
「あいつが心配なんてするか。今頃は呑気に煙草でも吸ってるだろうさ」
呆れたようなツバキの物言いに、タツミは苦笑いを浮かべた。

「……リンドウさん、苦労してるなあ」


2010.12.18 up
リンドウさんは日頃の行いのせいで、ツバキさんに色々と誤解されてそう。



05.この瞬間に連なる日々へ 【タツミと雨宮姉弟とソーマ】

延々と装甲車を走らせ、ようやくアナグラへ帰り着いた。
タツミが運転席から転げ落ちるように降りると、後部座席に座ったままピクリとも動こうとしない仲間たちへ声をかける。
「着きましたよー…」
疲れきったタツミの声はかすれていたが、かろうじて聞こえたらしいリンドウがのっそりと顔を上げた。
「おー…悪いな、ちょっと意識飛んでたわ」
力なく笑って隣にいるソーマやツバキの肩を軽く叩く。
「おーい、着いたぞ」
「……」
「ああ…」
億劫そうに返事をすると、ツバキは眼をこすりながら後部座席から降りた。ソーマも続いて降りてきたが、ちょっと足元がふらついている。
皆限界だなあ、とリンドウが苦笑していると、タツミがげんなりした顔で話かけてきた。
「……リンドウさん、笑ってる場合じゃないですよ。後でちゃんと調査隊に苦情入れておいて下さいね」
タツミに恨みがましい目つきで見上げられて、リンドウは困ったように頭をかく。
「んー…ま、一応言っておく。けど調査隊の連中も頑張ってるんだし、そう目くじら立てなくても」
「また、そんな事言って……何度目だと思ってるんですか。俺もう嫌ですよ、一昼夜もアラガミと追いかけっこするの。大体、一匹ならまだしも次から次へと増える一方だし。今回、生きて帰って来れたのが奇跡みたいなものじゃないですか!──って、リンドウさん、ちゃんと聞いてます?」
「あー、うん、ちゃんと聞いてる」
ぶつぶつと一息にまくし立てるタツミには生返事をしておいて、今にも壁にもたれかかりそうなツバキの腕を引いた。
「姉上、寝るんなら部屋まで戻ってからにして下さい」
「……わかってる」
どこかわずらわしげに言うと腕を掴んでいるリンドウの手を払い、深呼吸をして仲間の方に向き直る。
「私はこのまま上に報告しに行く。お前たちはもう休め。ご苦労だったな」
先程までふらついていた様子は微塵も感じさせず、そのまま颯爽と歩いていくツバキの後姿が見えなくなってから、タツミが感心したように言った。
「さすがですねえ。さっきまでふらついてたとは、とても思えませんって」
「ま、姉上は頑固だからなあ。──おい、ソーマ。大丈夫か?」
神機をしまってあるケースにしがみつくように立っているソーマを気遣うように声をかける。
「……問題ねえ」
口では強がってみせるも、今にも倒れそうなソーマにタツミが呆れたように言う。
「っつってもお前、大丈夫じゃなくても大丈夫としか言わないだろ。んじゃあ、リンドウさん。俺、ソーマを部屋まで連れて行ったら休みますんで。お先に」
「おう。お疲れさん」
タツミに半ば引きずられるように歩いていくソーマを笑顔で見送って、リンドウは一人、煙草に火をつけた。
「……今日も全員無事に帰ってこれて、何よりだなあ」

とりあえず今は、何も考えずに生きて帰ってきた喜びでも味わおうか。


2010.10.28 up
装甲車の運転は新人の役目なのかな?と思います。一番の新入りはソーマだけど、まだ子供なので運転するのはタツミさんなイメージ。