Menado Ensis

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Valkyrie Profile 2

雲一つ無い空を見上げて、リディアは盛大に肩を落とした。

今日は、ぽかぽかとしていて過ごしやすい良い天気だ。頬を撫でていく風も爽やかで気持ち良い。
こんな日は街中を散策したり、女の子達を誘ってお茶にしようか、とか色々と計画を立てていた筈なのに。なのに、どうしてこんな事になってしまったのか。



事の起こりは、少し遅めの朝食を摂っていた時だった。

リディアがゆったりとくつろぎながら食後のお茶を飲んでいると、背後からザンデの元気な声が聞こえてきた。
「おお、これだよこれ!おばちゃん、どうもありがとうなー!」
「さて、と。お弁当も無事に受け取れた事だし、そろそろ行きましょうか」
食堂のおばちゃんからバスケットを受け取り、ザンデが満面の笑みを浮かべるその横で、セルヴィアが出発を促している。

どうやら遠出でもするらしい、とリディアが肩越しに様子を窺っていると、振り向いたセルヴィアと眼が合った。
しまった、と思ったが遅い。予想通りにセルヴィアは貴女も一緒にどうですか、とリディアを誘い、ザンデもそりゃあいい、と賛成したせいで強引に押し切られてしまう。
こういう事をされても、あまり憎めないのはザンデの人柄なのだろう。普段の自分なら不快になるところだが、ザンデに言われると仕方ないかな、と思ってしまう。

あの時、苦笑しながら同意した事を後悔したのは、出発してからすぐの事だった。


「普通、お弁当を持って遠出に行くといっても、せいぜい草原に行くくらいだと思うじゃない…?なのに、何でこんな山登りをするハメになるのよっ」
足元を気にしながら、先頭を行くザンデの背中に向かって呟く。ザンデはきっと機嫌が良いのだろう。鼻歌まじりにすたすたと歩いて行ってしまったせいで、かなりの距離を置いて行かれている。

バスケットを持ってくれるのはありがたいが、もう少しペースを落としてくれないかしら、と思っていると、リディアの少し先を歩いていたセルヴィアが振り向いた。
「このあたりは少し足元が不安定ですから、気をつけて下さい」
「え?あ、ありがとう」
セルヴィアが笑いながら差し出した手を取る。そのあまりに自然な動作に、思わず笑みを浮かべてしまう。
「貴方、意外と紳士なのね。ちょっと驚いちゃった。──こう言っては失礼かしらと思うけど、エインフェリアの男性って皆、気が利かない人達ばかりだと考えていたから」
「どういたしまして。ですが、自分の気が利いているように見えるのは、育ての親の教育の賜物ですよ」
「そうなの?」
「ええ。彼女は片腕でしたから。日常生活の全てにおいて大変そうだったので、色々と手伝っているうちに自然と覚えました」
それに、そう悲観的な人でもないですし。とセルヴィアはからかうような口調で、絶句しているリディアに笑いかけた。

「──昔の事はさておき、今はとても楽しそうに過ごしているようだから、特に気にする事では無いと思いますよ。生前より若くマテリアライズしてもらえて、ご満悦でしたから」
「えっ!あ、貴方の育ての親って、フィレスなの?!」
「そうですよ。聞いてませんでした?」
聞いてない!とリディアが首を振っていると、先行していたザンデが振り向いて手を上げた。
そのまま二三度くるくると手を回すと、セルヴィアが応えるように手を振り返す。そのやりとりを見ていたリディアが、不思議そうに尋ねた。
「……何をしてるの?」
「ああ。これはですね、とりあえずこの辺りに危険な生き物の姿は見えない、という合図ですよ。安全の確認は大切ですからね。女性の手助けをするだけが、気の使い方ではないでしょう?」
先程の発言を思い出し、リディアは自分が窘められているように感じてしまい、頬に両手をあてた。

「──さっきの言葉は撤回するわ。嫌ね、これじゃあまるで子供と一緒じゃない」
頬を赤く染めたリディアに、セルヴィアは苦笑する。
「俺から見たら、充分子供ですよ」
「何言ってるのよ。そりゃあ、私は子供っぽいかもしれないけど、貴方だってそんなに年上じゃないでしょ?」
「知りたいですか?」
頬を膨らませるリディアにセルヴィアがそっと耳打ちすると、みるみる眼が丸くなった。

「嘘っ!そんなに!?」
「ああほら、ザンデが待ってますよ。早く行きましょう」
セルヴィアは何事も無かったかのように先へ行ってしまう。その後姿を見つめて、リディアは思わず唸った。


「……魔術師が不老の秘術を知ってるって噂は、本当だったのかしら」


2010.04.04 up