Menado Ensis

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Valkyrie Profile 2

扉の前に立ったクレセントは、落ち着こうと深呼吸を繰り返した。
緊張しているのだろうか、手に持った盆を無意識にぎゅっと握り締める。
「だ、大丈夫……。何度も練習したし、エーレンも協力してくれるって言ってくれたし──よし!」
これはケジメなんだから、と自分に言い聞かせると、意を決して眼の前の扉を叩いた。



「では、明日はこちら側を迂回して進むと言う事で構わないだろうか?」
「……いいんじゃねえの」
卓上に広げた地図を見ながらエーレンが訊くと、アドニスはうんざりしたような様子で頷いた。
「何だってそんな細けえ事まで、いちいち俺に確認するんだよ。面倒だろうが」
アドニスが不満げに吐き捨てると、エーレンは手元の地図を片付けながら軽く詫びる。
「すまないな。お前の意見も聞きたかったんだ」
「俺に意見なんて無えよ。大体そういう事は、王女にでも聞けよ」
「貴方に任せるわ──と、戦乙女が」
「ああ、そうかよ」
アドニスの素気無い返事にエーレンが困った笑みを浮かべていると、控え目に扉を叩く音がした。

「エーレン、今入っても大丈夫?」
「ああ、クレセントか。入っておいで」
「打ち合わせ終わった?お腹空いてるんじゃないかと思って、軽食持ってきたよ」
扉を開けて笑顔のクレセントが入ってくる。手に持った盆を卓上へ置くと、エーレンを見つめて恥ずかしそうに言った。
「これアタシが作ったの。でね、良かったら感想とか聞きたいんだけど……」
「クレセントが作ったのか?それは凄いな」
「はっ、喰えるのかよ」
横からアドニスがからかうと、クレセントは今気付いたとばかりに振り向いた。
「何よ。アンタ居たの」
「居て悪いかよ。そんな嫌そうな顔しなくても、用件も済んだ事だしもう出てくぜ」
邪魔したな、とアドニスが立ち上がると、つっけんどんな口調でクレセントが告げる。

「……アンタも、ちょっとだけなら食べてもいいわよ」
「ああ?」
怪訝そうな顔をしたアドニスに、クレセントは眼をそらしたまま一息に捲し立てた。
「べ、別に毒とか盛ってある訳じゃないのよ?エーレンだって食べるし。ただ、一人分にしては量が多すぎるかなーとか、少し作りすぎちゃったかな、とか色々理由はあるんだけど」
そわそわと落ち着きの無い態度で話していたクレセントが、急に睨みつけるようにアドニスを見上げる。
「──これで貸し借りは無しだからねっ!!」
一方的に怒鳴りつけると、足音荒く出て行ったクレセントを呆けた顔で見送って、アドニスはエーレンに問いかけた。

「……何の話だ?」
「この間の戦闘で、お前に一つ借りが出来たと聞いているぞ。この料理はその時のお礼、といったところだな」
「お嬢様相手に、貸しを作った記憶なんて無えよ」
「まあ、そういうな。あの子は借りたつもりなんだろう。さ、座れ。折角の料理が冷めてしまうぞ」
アドニスの返事も聞かずにエーレンは小皿に料理を取り分けている。 その様子を憎らしげに睨め付けると、アドニスは押し殺した声で尋ねた。
「テメエ……嵌めやがったな」
「何の事だ?ほら、お前の分だ」
にこやかに笑って、アドニスの前に小皿を差し出す。
「私はお前のおまけだからな。お前が先に手を付けてくれなければ食べられん」
さあ、と促すエーレンに、アドニスは引き攣った顔を向ける。

「勘弁しろよ──俺は偏食なんだ。お嬢様の作ったモンなんて、喰える訳ねえだろ」
「珍しく弱気な発言だな。お前らしくもない」
「……テメエ、最近のゼノンの様子を知らねえのか?」
「?そういえば見かけないな」
「誰かさんの料理の味見をして、3日間ずっと寝込んでるって噂だぜ」
「ほう、それは大変だな。後で見舞いに行かなければ」
アドニスは飽くまでも食べる気は無いらしい。だが、こちらとしてもクレセントと約束した以上、引く気は無い。
エーレンは口元に不敵な笑みを浮かべて、アドニスを見上げた。

「──逃げるのか?」
「っ!」
これは挑発だと頭ではわかっているのに、逃げるのかと言われてしまっては引き下がれない。 乱暴に席に座ると、エーレンを睨みつける。
「……いいだろう、喰ってやるよ」
「流石はアドニスだ。そうこなくては」

後の事は心配しなくてもいいぞ。私が万事引き受けよう。さあ、召し上がれ。
満面の笑みのエーレンに見守られながら、アドニスは料理に手を伸ばす。

2度に亘る人生の中で初めて、人が神に祈る時の気持ちをほんの少し理解できた気がした。


2010.05.30 up