Menado Ensis

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Valkyrie Profile 2

見渡す限りの草原を、一陣の風が吹き抜けていく。心地好いそよ風が頬を撫でていき、ディーンは思わず笑みを零した。

──こんな日は、何か良い事がありそうだ。

きっと日頃の行いがいいからだな、とひとりごちながら歩を進めると、見慣れた後ろ姿を見つけた。
どこかそわそわとしていて落ち着きの無い様子の背中に、からかうように声をかける。

「何をそわそわしているんだ?」
「っ!散々人を待たせておいて、その言い方は無いんじゃないのっ!!大体アンタの方から呼び出したくせに、何で先に来てないのよ!」
勢い良く振り向いたクリスティに怒声を浴びせられ、耳を塞ぎたくなる衝動を堪えながら、ディーンは呆れたように言い返した。
「確かに呼び出したのは俺だが、まだ約束の時間になってないぞ」
「……え?そ、そうだった?あれ?アタシってば、また勘違いしちゃった?──あ、その、何だ。えっと、ごめん」
顔の前で両手を合わせて謝ってくる。素直に間違いを認められるのはコイツの美点だよな、とディーンが感心していると、クリスティが上目遣いで顔色を窺ってきた。

「本当にごめんね。──まだ怒ってる?」
「いや、怒ってないよ。そそっかしくて早とちりなところも相変わらずだなあ、と思ってただけだ」
口元に笑みを浮かべてディーンが言うと、クリスティはほっとしたように笑う。風にはためく裾を手で押さえて、クリスティがぽつりと呟いた。

「そういえば、シルメリア様のところで別れてから……解放されてから全然会って無かったね」
「そうだな。随分と久しぶりだ。クリスが昔と変わってなくて、ほっとしたよ。……いや、ちょっとは変わった、かな?」
「え、本当に?どこら辺が変わったと思う?つい最近、お母様にも『アンタってちっとも変わらないわねえ。少しは成長しなさいよ』って言われちゃったんだけど」
ぱっと顔をあげて、ディーンに問いかける。クリスティの髪が風で揺れるのを視界の隅に留め、さらりと思ったことを告げた。
「昔より女の子らしく、というより可愛くなったな、と」
「や、やあねえ!いきなり何を言ってるのよ、もう!」
ほんのりと頬を赤く染めて俯いてしまったクリスティに、ディーンは微笑みかける。
「元気そうで良かった」
「……うん。ディーンは、元気だった?」
「おかげ様でな。先日会ったけど、セルヴィア様も元気そう──」
だったよ、と続く言葉は、クリスティの声に掻き消された。
「そうよ!セルヴィア様よっ!会ったんでしょ!?今は、どこに居るって言ってた!?」
先程までのしんみりとした空気は微塵も無く、今にも掴みかかってきそうなクリスティの剣幕におされ、苦笑しながら本題に入る。


「今は、水上神殿のあたりを中心に魔物を封じる戦いをしているそうだ」
「ホントっ!?」
「ああ。やっぱりかなりの数の封印が壊されているみたいだな」
「そっか……」
「?クリス?どうかしたのか」
ディーンは急に萎れてしまったクリスティの顔を覗き込む。二三度躊躇ってから、意を決したようにクリスティが口を開いた。
「──手伝いに行ったら、邪魔しちゃうかな?」
予想外のクリスティの一言に、ディーンは思わず吹き出してしまう。
「ちょっと。人が真剣に訊いているのに、笑うなんて失礼じゃないの」
肩を震わせて笑いを堪えているディーンに、クリスティが唇を尖らせる。
「お前から、そんな言葉が聞けるなんて思ってもみなかった。……意外と成長してるじゃないか。昔は相手の気持ちなんて考えた事も無かっただろ?」
「ど、どうでもいいでしょ昔の事は!で、アタシ達がセルヴィア様の手伝いに行っても大丈夫なの!?」
「ああ。手伝ってくれるなら助かるって言ってたよ」
「それを早く言いなさいよっ!じゃあ、早速行くわよディーン!」
眼を輝かせてクリスティが意気込む。

「行くわよって……今、これから?」
呆れたように訊くディーンを一瞥すると、クリスティは拳を握り締めた。
「当たり前じゃない。セルヴィア様が呼んでるのよ?もうこれ以上待ってる必要は無いわ!──アタシ、先に行ってるからね!」
早く追いついてきなさいよ!と服の裾を翻して駆け出したクリスティを苦笑いで見送ると、クリスティが去って行った方向へゆっくりと歩き出す。


(……いつになってもセルヴィア様には敵わない、か)
ディーンは参ったなあと頭を掻いた。


2010.06.27 up