Menado Ensis

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Valkyrie Profile 2

01.どうしようもなく遠い 【ソロンとフィレス】

魔術書のページをめくりながら、盆の上の茶碗を取り口に運ぶ。唇を僅かに湿らせる程度に啜って再び盆へ戻す。 その動作を幾度か繰り返していると、軽やかな足取りでフィレスが顔を出した。

「やっほー差し入れ持ってきてあげたわよ。どうせ何にも食べてないんでしょ?こっちに来てちょっと休憩しなさいよ」
作りたてなのだろう、湯気をたてている皿を手際よく小さな卓に並べた。膝の上で広げていた本に栞を挟み、ソロンは嬉々として答えた。
「こいつはいい。ちょうど小腹がすいてたんだ」

積み上げた本に埋もれていた椅子を引き寄せて座り、手を合わせて食べ始めるソロンに、フィレスは呆れたように話しかけた。
「あんたねえ……夢中になるのはわかるけど、ご飯くらいは食べなさいよ。そのうち倒れても知らないから」
「大丈夫、読み終わるまでは絶対に倒れないぜ。──ああ、そうだ。ついでに蝋燭も新しいのに換えておいてくれ。もう随分と短くなってきてるからな」
咀嚼しながらアレコレと雑用を頼んでくるソロンを軽く睨みつける。仕方ないわね、と呟いて蝋燭を取りに扉へ向かった。

扉を閉める寸前に振り返り、フィレスは出来る限りの低音で念を押す。
「……今回だけだからね」
ソロンが軽く手を上げたのを確認すると、そっと扉を閉めた。


2009.09.30 up
そのうちお弁当持参で書庫に篭りだすに違いない。



02.光と影のゆくえ 【セレスとティリス】

自分の子孫を名乗って仕官、なんて笑えない冗談にしか聞こえなかった。


たまたま二人きりになる機会があり、セレスは思い切って本人に尋ねてみたことがある。何故、裏切り者の子孫を名乗ったのか。彼女の答えは明確だった。

「必要だったのは、戦士にとって絶対ともいえる貴女の知名度。ただそれだけ。裏切り者かどうかは関係無いわ」
ティリスは唯一見えている口元に微笑を浮かべて、それに、と意地悪く付け加えた。
「実際に貴女がどれくらい強かったか──なんて、興味も無いし、どうだっていいのよ。悪名も英雄も所詮、出世の道具にしか過ぎないの。私にとっては、ね」

話はそれだけ?そう、じゃあこれで失礼するわ。 最後まで微笑を浮かべたまま去って行ったティリスの背中を、セレスは何とも言えない気持ちで見送った。


2009.09.29 up
本当に知りたいことは訊けずじまい。



03.ひとつの可能性として 【アドニスとセレス】

セレスは人気の無い食堂の片隅に目当ての人物を見つけて、ほんの少しだけ躊躇った後にゆっくりと近づいていった。
気配を察したのか不機嫌そうに振り向いたアドニスに、僅かに怯んだが意を決して尋ねてみる。

「ちょっといいかしら?」
「決闘の誘いならいくらでも──と言いたいところだが、そんな話じゃ無さそうだな」
「ええ。少し訊きたい事があるのよ」
無意識に両手を握り締めて、何と言って切り出そうか迷っているセレスを横目で見やり、アドニスは鼻をならして席を立つ。
「闘わないんならテメエに用は無え」
「え……あ、ちょっと!」
遠ざかる背中に向けて声をかけたが返事は無く、そのまま外へ出て行ってしまった。

「何だって言うのよ、もう!」
呆気にとられて見送ってしまった自分に腹を立てつつ、乱暴に目の前の席に腰を下ろす。
卓に肘をついて両手を組んで、その上に顎を乗せるとセレスは一つ息を吐いた。


──やはり、あの人は選定されていないのかもしれない。

他の人たちにも尋ねてまわり、最後の望みをかけてアドニスに声をかけてみたけれど、彼があの人だとは到底思えない。つまるところ完全にお手上げ状態だ。
「あの時、意地を張らずに素直に決闘を挑んでおけば良かった……」
ぽつりと呟いた言葉は、溜息と共に淡く消えた。


2009.09.28 up
思い出は美化されるものですよね。



04.涙の空の向こうに 【クリスティとディーン】

「本当にセルヴィア様がそこにいるのねっ!?」
興奮気味に身を乗り出したクリスティに、ディーンは慌てて周りを見回した。
「声がでかいって……!ああ、間違い無い。酒場で会って話してきた」
「それで、セルヴィア様は何て言ってた?」
「久しぶりですね、とか色々近況を聞いたよ」
先程よりは声を潜めてやりとりはしているものの、いつ誰かに聞かれるかもわからない焦りから、ディーンは報告を手短に済ませる。

「──とりあえずはこんなところだ。もうしばらくあの街に滞在する予定だそうだ」
で、どうする?と言外に訊いてくるディーンを見上げて、クリスティはきっぱりと断言した。
「決まってるでしょ!何が何でも会いに行くわよ。ね、ディーンお願いっ!その街まで連れて行って!」
予想通りの返事にディーンは苦笑する。
「他の連中に見つかったら色々面倒だから、こっそり脱出することになるぞ?」
「平気よっ!」
「わかった。じゃあ皆が寝静まった頃に迎えに行く。それまでに準備は済ませておくんだ」
クリスティが頷くのを確認して、ディーンは身を翻した。

もしかしたら、ここへは戻ってこないかもしれないな、という予感はする。が、そこは仕方ない。血筋だと思って諦めてもらおう。
きっと母も味わったに違いない気持ちを抱えて、ディーンは計画を遂行すべく帰路についた。


2009.09.30 up
パルティア出奔物語。



05.どうかこの手を 【クレセントとアドニス】

一瞬の浮遊感ののちに、肩がぬけるかと思うような衝撃が襲う。あまりの痛みにこぼれた呻き声を噛み殺して、咄嗟に閉じてしまった眼を恐る恐る開く。うっすらと足元を見ると、自分のつま先が浮いてるのが見えた。

──どうやら崖から落ちずにすんだらしい。

ほっと一息ついていると、頭上から声が降ってきた。
「戦場の把握も出来ねえなんて足手まといもいい所だなあ、お嬢様?」
唖然としているクレセントを尻目に、アドニスは彼女の身体を片手で軽々と引き上げると馬鹿にしたような雰囲気を隠しもしないで地面に立たせる。
「こんなお荷物抱えてエーレンの野郎も大変だなぁ、オイ」
むっとしたが助けられた事は事実なので、嫌々ながらも礼は告げた。眼はそらしていたが。

「……あ、ありがと……」
「あぁ?聞こえねえなあ」
「──っわざわざ!助けていただいて!どうもありがとうございましたッ!!」
怒鳴りつけるように叫ぶと、クレセントは苛立ちながら仲間のいる所へ走っていった。

「……そんだけ叫べるんなら、怪我は無さそうだな……」
微かに顔を顰めつつぽつりと呟くと、アドニスは面倒くさそうに歩みを進めた。


2009.09.29 up
アドニスって何だかんだと言いながらも面倒見が良さそうですよね。