Menado Ensis

Photo by 戦場に猫  Designed by m.f.miss

Valkyrie Profile 2

エルドは、本日何度目かわからないため息をついた。

ようやく戦乙女に使役される事から解放され、あのやかましい連中ともおさらば出来ると思っていたのに。
何故、あの女どもまで解放されているのだろうか。いや、それだけならばまだいい。 戦乙女にも色々な事情があるのだろうと、理解は出来る。 出来るが、問題は何故、あの女どもはここに居るのか、という事だ。

解放されてから一月が過ぎたが、十日ほど前に初めて三人で連れ立って茶飲み話をしに来た。その後は二三日に一度の頻度で来るのだから、よほどヒマを持て余しているらしい。


エルドは台所の方をちらりと横目で盗み見た。何が楽しいのか談笑している三人──フィレスとクレセント、あと一人は、何という名だったか。確か、斬鉄姫の子孫を自称していた奴だと思う──が、茶の支度をしている。
自分たちの誰かの家で集まればいいのに、などと思っていると、フィレスが茶菓子を持ってこちらへ来た。

「アンタ、この間甘いモノは苦手だって言ってたでしょ?あんまり甘くない焼き菓子作ってきたから、良かったら味見くらいしてよ」
そう言うと、にっこり笑って茶菓子の入った器を差し出した。
ここで拒否しても無意味だろうと予想がつくので、エルドは眉間にしわを寄せながら黙って焼き菓子を一つ手に取り、嫌そうな顔をしながら齧る。

そんなエルドの様子を見ながら、フィレスが控え目に訊いてきた。
「どう?美味しい?」
「不味い」
不愉快そうに告げると、間髪入れずに平手が飛んできた。 殴られてやる趣味は無いので受け止め、そのまましばらく睨み合う。
「あーあ、またやってる。フィレスも懲りないねえ。エルドって何食べても不味いしか言わないじゃない」
嘆息しながらクレセントがやってきた。両手には茶器を載せた盆を持っている。
「喧嘩はそこまでにして手伝ってよ」
これ結構重いんだから。お互いにこのまま不毛な睨み合いを続けても仕方ないので、黙って目の前を通してやった。


「はい、どうぞ。熱いからヤケドしないように気をつけるのよ」
人数分のお茶を淹れていたティリスが言う。 エルドは卓上に置かれた自分の分の茶碗を手に持つと、早々に部屋の隅の長椅子に避難した。 一度、くだらない話でこちらに飛び火した事があるのだ。また巻き込まれては堪らない。

離れた所から静観していると、お茶を一口啜ったらしいフィレスが声を上げた。
「何コレ!凄く美味しい!」
「アタシもそう思う。このお茶、ひょっとしてティリスのお手製?」
クレセントも同意する。確かに美味い茶だと思う──解放前に、ある魔術師に振舞われたものと似ている味だが。

『魔術は生き甲斐、茶を作るのは、まあ趣味だな』
どうせ飲むなら美味い方がいい。お前が作ったのかと問いかけたら、そう返してきた魔術師の顔を思い出して、エルドが複雑な顔をしているとティリスが微笑みながら答えた。
「このお茶、いいでしょう?知り合いの魔術師が作ったの。とても美味しかったから、少しだけ分けて貰ってきたのよ」
二人もよく知ってる人よ。その思わせぶりな口調に、やっぱりあの変わり者の賢者かと納得する。
「えー誰だろ?そんな知り合い居たかなあ」
そんな事を言いながら、他愛も無い話に花が咲いている。

(女が三人集まると姦しいってのは本当だな…)
和気藹々と盛り上がっているのを、エルドは半ば呆れつつ見ていた。三日とあけずに来るくせに、よくもまあ話す事があるもんだと感心していたのも確かだ。

「そういえばフィレスの初恋って誰?」
「何よー突然。よく覚えてないけど、多分幼馴染のアイツじゃないかなあ」
唐突なティリスの問いに、笑いながらフィレスが答えてクレセントの方に向き直った。
「クレセントは?やっぱりエーレン?」
聞き手に回っていたクレセントは、急に振られた問いに幾度か眼を瞬かせてから、手に持っていた茶碗を卓に置いて、はにかんだ笑顔を浮かべた。
「エーレンの事は大好きだし、尊敬もしてるけど、恋とかそういうのとはちょっと違うかなぁ…」
予想外の答えに思わず耳を欹てたエルドをよそに、二人は興味津々の様子で身を乗り出した。

「嘘!じゃあ誰なの?!」
「違うの?それは意外だわ。良かったら誰か教えてくれないかしら?」
二人がかりで勢い良く訊かれて、クレセントはほんのり頬を染めながら話し出した。
「えっとね、生前に一度だけ見た事がある人なの」
俯きがちなクレセントに容赦のない質問が飛ぶ。
「一度だけ?見たって言うことは、会話とかはしてないの?」
「どこでその人を見かけたのかしら。もう少し詳しく教えてちょうだい」
容姿とか、何歳くらいの人だったとか、色々あるでしょう?あまりの剣幕に、盗み聞きをしていたエルドの方が驚いた。
(喰いつき、良すぎだろ…)
未知の魔術に出会ったあの賢者だって、きっとこんなにがっついたりはするまい。 女ってのは分からん、といったあの呪術師の気持ちが少しだけわかった気がする──何だか 頭痛がしてきた。

「えっと…カミール丘陵の大戦の始めの頃にね、アタシ、エーレンに連れられて色んな陣地を移動してたの。その時に出会った人なんだけど…何歳くらいかな。エーレンより年下っぽかったけど」
そこで一息つき、クレセントは茶碗を手に取り一口啜ると話を続けた。
「ある陣地に滞在してた時にね、戦場から撤退してきた部隊と合流したことがあったの──もう一目で負けたんだってわかるくらい酷かった」
(カミールの大戦初期の敗戦…?ひょっとして総大将が怖気づいて退却したせいでボロ負けして、盛大に死に掛けたあの時か?)
じゃあ俺の知ってる奴かもしれねえな。エルドは軽く首をかしげながら注意深く耳を傾ける。知り合いかもしれないとわかると俄然興味が湧いてきた。

「エーレンが状況を知りたいからって天幕の外に出たから、置いて行かれたくなくてエーレンの後を追いかけたの…そうしたら、戦場から戻ってきたばかりの人たちと話をしてて。その人、殿に居たらしくて、返り血と怪我でボロボロだった」
語られる話に、先程まで騒いでいた二人もじっと聞き入っている。
「クセのある濃い茶色の髪を短くしてて、男らしい精悍な顔立ちの人だったよ。軽装だったから多分、駆け出しの傭兵だと思う…折れた剣を片手に提げながら、大怪我してるのに、平然とエーレンに戦況を伝えてた──アタシ、急に怖くなって大声で泣き出しちゃったんだ。そうしたらね、アタシの横を通り抜ける時に、慰めるみたいに頭を撫でてくれたの。自分も怪我してて死にそうなのに…」


「──それは、惚れるしかないわね」
ティリスがひっそりと呟いた。
「顔が良くて、強くて、優しいだなんて。非の打ち所が無いわ」
「その人、その後どうなったの?まさかそのまま死んじゃったとか。カミール一七将の中には入って無かったんでしょ?」
フィレスの遠慮ない物言いに、少しむっとしたように口を尖らせて反論する。
「死んでないよ!…多分、だけど。あれだけ強い人なんだもん。一七将には居なくても、きっとどこかで戦っていたんだよ」

そう言って微笑んだクレセントを、棒でも飲み込んだ様な顔で見ながらエルドが口を挟んだ。
「そいつ一人でエーレンの野郎に報告してたのか?」
今まで話に参加していなかったエルドの問いに、多少驚きながらもクレセントは律儀に答えた。
「ううん、違うよ。ずっと仲間の人と一緒だった──矢筒みたいなのを持ってたみたいだから、弓闘士の人なんだと思うけど…それがどうかしたの?」
「いや、何でもねえよ。周りが全員死んでて、そいつ独りが生き残ってたんなら化け物だなと思ってよ」
そんなに印象的な話なら、案外エーレンの奴覚えてるんじゃねえの。エルドは肩をすくめながら、自分の手の中の茶碗に眼をやった。
「そうよ、エーレン将軍には訊いてみたの?」
「え…まだ、だけど」
ティリスとクレセントのやり取りを気まずい気持ちで聞いていたら、いつの間にかフィレスが茶碗を片手に移動してきた。

「隣、座るわよ。いい?」
返事も聞かずに腰を下ろすと、向こうの二人には聞こえないような小声で訊ねてきた。先程のエルドの質問に何か思うところがあったらしい。
「ひょっとして、知り合い?」
エルドも負けじと声を潜めて言う。
「…ああ」
フィレスもある程度は予想していたらしい。やっぱり、と呟くとさらに踏み込んできた。
「誰?アタシも知ってる人?」
「驚くなよ──アドニスだ」
かろうじて悲鳴をのみこんだフィレスが、さらに声を潜めて問いただす。
「ちょっ──冗談でしょ!?」
「冗談で言えるか、こんな事…俺もその場に居たから、まず間違いねえ」
苦い顔で話すエルドを見て、フィレスは脱力しながら、世間は狭いわね、と呟いた。
「あ、ちょっと待って。クレセントは頭撫でられたって言ってたけど、アイツってそんなに優しかったっけ?」
「ああ、アレか──あの時は、急に血の気が失せて眼の前が真っ暗になったから、こりゃあヤベェってんで近くにあった物を掴んだだけ、らしい。まあ大量に失血してたからな。無理もねえよ。あの後、治療に使ってた天幕でぶっ倒れた」
エーレンもそれ知ってるから、アイツのことをあの女に教えてねえんだろ。

告げられた言葉に、完全に頭を抱えてしまったフィレス曰く。


「知らぬが仏って言うわよね…」
それには不本意ながら同意する、とエルドは心の中で頷いた。


2008.09.07 up