Menado Ensis

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Valkyrie Profile 2

今まで生きてきた中で学んだものの一つは、予想や希望的観測というものは大体において裏切られる、という事だ。

いつの間にか近所に住み着いているあの女が、昨日いつもどおりにやかましい女どもと連れ立って来たばかりなので、これでしばらくは平穏に過ごせるなと安堵していたばかりだというのに。つい先ほど、あの女がひょっこりと顔を出したのだ。見たくも無いおまけを連れて。

「そこで偶然会ったのよ」
アンタに会いに来たんですって。屈託なく笑うフィレスに、連れて来られたおまけ──ゼノンが相槌を打つ。
「解放されたら、生前の知り合いに挨拶に行こうと思っていてね。遠路はるばる来たはいいけど、道に迷ってしまって。困っていたところに偶然フィレス王女が通り掛ったから、案内してもらったんだ」
ゼノンの言い分を、エルドはしかめっ面で聞き流した。余計な事をしやがって、と心の中で舌打ちするが、連れて来てしまったものは仕方が無い。
さっさと追い返してしまおうと決めたエルドの思わくなどお構いなしに、ゼノンは微笑を浮かべて話しかけた。
「随分久しぶりに会ったけど、元気だったかい?」
「お前の顔を見るまではな。何しに来たのか知らねえが、用が済んだらとっとと失せやがれ」
「相変わらずつれないな。せっかく旧交を温めに来たっていうのに」
「お前と?ハッ、そんなもん願い下げだぜ」
取り付く島もないエルドに、さすがに気の毒に思ったのかフィレスが横から口を挟んできた。
「ねえ、エルド。せっかく会いに来てくれたんだから、もっとこう、物には言いようってものがあるでしょ?」
「煩えな。お前には関係ねえだろ」
「アンタねえ。そういう言い方が良くないって言ってるのよ、アタシは」
「本当の事だろうが」
「何よ、アンタの為を思って言ってるんでしょうが!」
フィレスが眉を吊り上げると、ゼノンが宥めるように割って入る。
「彼はいつもこうだから、俺は気にしてないよ」
「だけど……」
眼の前のやりとりを横目で眺めつつ、どうしたものかとエルドは思案した。
この程度の仲裁で引き下がるような女ではない。面倒だが、どうにかして黙らせないと話が拗れるのは目に見えている。
かといって普段のような態度では、ますます興奮するだけだろうし──と、考えて以前アドニスに聞いた事を思いだした。 どうせ駄目でもともとなのだから試してみるか、とまだ揉めているフィレスに声をかける。
「おい、フィレス」
「えっ?な、何よ、急に」
いつもはお前とか煩いとしか言われないのに、面と向かって名前で呼ばれた事で、フィレスはうろたえているようだ。どこか落ち着かない。
「いい子だから、ちょっと黙ってろ。な?」
「あ、えっと、……うん」
頬をほんのり赤らめて俯いたフィレスの様子が少しおかしいのが気にはなるが、とにかく黙らせる事には成功したので、あとはゼノンを追い返すだけだ。
たまにはアドニスの言う事も役に立つんだなと感心しつつゼノンの方へ向き直れば、面白そうな顔をしているゼノンと眼が合う。
嫌な予感がしてエルドが口を開くのを躊躇っていると、ゼノンが二人を交互に眺めて、何やら納得した顔で頷いた。
「なるほど。君たち二人に一体どんな接点があるのかと思っていたんだけど、そういう関係なんだね」
「…………は?」
我ながら間の抜けた声が出た。ゼノンは何か誤解しているらしい。
経験上こういう場合は、全力で否定すると更に誤解されるだけだという事はわかっている。

──ただし、使いどころを間違えると盛大に誤解されるだけだぜ。

意地の悪い笑みを浮かべて、酒を呑みながら機嫌良く話していたアドニスの顔が脳裏に浮かぶ。あの男にしては珍しく忠告までしてくれていたのに、どうやら自分は使いどころを間違えてしまったらしい。
「じゃ、俺はそろそろ帰るよ。あんまり長居して邪魔しちゃ悪いからね」
「そういうなよ。積もる話もあるし、今日は泊まっていけよ。──男同士でたっぷり話そうじゃねえか」
腰を上げたゼノンに、内心の動揺を隠して声をかける。
このまま帰られるとまずい。もの凄くまずい。変な噂が広まるのだけは避けねばならない。

ゼノンの誤解を解くまでは何がなんでもこの家から一歩も出さん、と決意も新たに、エルドは先ほどまでとは打って変わってゼノンを引き止めにかかった。


2011.04.17 up