Menado Ensis

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Valkyrie Profile 2

清々しい朝の空気を胸いっぱいに吸い込み伸びをした。 ついでにあくびを漏らしてしまい、口の端に微かに笑みが浮かぶ。
先ほど、完成したばかりの二つの魔法を王に献上してきたところだ。
ようやく一仕事が終わったんだと思うと、多少の気の緩みは仕方があるまい。

「今回の仕事は、ちょっとばかし厄介だったな」
まあ天才の俺には余裕だったぜ、とひとりごちる。実際かなり難しい案件だった。やり遂げられたのは奇跡に近い。
その分、無事にやり遂げた後の充実感は段違いなのだが。これを感じる為だけに生きているといっても過言ではあるまい。
余韻に浸りながら、ふと頬を撫でていく風を感じて顔をあげる。ずっと研究室に篭りきりだったせいで気が付かなかったが、いつのまにか初夏が訪れようとしていた。

──あれから、もう二年半になるのか…。

自分のような者にさえ、屈託無く話しかけてきた型破りの王の顔が脳裏に浮かぶ。 自分と大して変わらない年齢とは思えないほどの、あの意思の強い眼。 理想を貫き通そうとしながら、どこか甘さが残る奴だった。
だが──

「時の流れってヤツは無情だな」

振り返り、出てきたばかりの城を見上げる。この城も見納めだ。二度とここへ戻ってくるつもりは無い。
たった二年半過ごしただけなのに、どこか寂しい気持ちが湧いてくる。 思っていた以上に馴染んでいたのかもしれない。


あのとき自分に何が出来たのだろうと考える。本当に、これで良かったのか。
何度も心の中で問いかけてきた。答えは決まっている──人の身で、神の意思になど敵うはずも、ない。
『どちらにせよ後悔するのなら、行動した方が得だろう?』
でも、君は後悔なんて時間の無駄だからって、決してしない人種なんだろうね。 面白そうに呟いて、奴が笑ったのはいつのことだったか。
「──そうだ。俺は後悔なんてものは、一生しないんだ」
短く吐き捨てて、城に背を向けた。


足元に置いてあった荷物を担ぎ、軽い足取りで歩き出す。
これから確実にこの国は変わるだろう。治安も良くなるはずだ。今は微々たる力かもしれないが、数年もすれば成果が目に見えて現れるに違いない。
魔術師と呼ばれる者たちも死に物狂いで技術を修得し、理論を発展させていくだろう。
今の状況から一人でも多くの人々を救い、少しでも良い方向へ導く為に。

不死者による犠牲が減り、村や街の人々が大勢行き交い交易も盛んになる。 民が潤えば国も潤う。
こんな俺に目をかけてくれた王に、これで少しは恩を返せただろうか──なんて柄にも無い事がちらりと頭に浮かぶ。

後世に名を残すつもりはさらさら無い。研究資料や書物は代理人の名で記してある。
自分の痕跡を示すものは人の記憶だけだが、限られた人にしか会っていないから大丈夫だろう。それに人の記憶なんて曖昧なものだ。 あと数年もすれば誰からも忘れ去られているに違いない。


歩きながら道端に眼を向けると、川辺に小さい白い花が群生しているのが眼に付いた。
「そういえば、まだ花すら手向けていなかったな」
呟き、屈んで足元の花を摘んだ。
「随分遅くなっちまったが、ちゃんと約束は守ったぜ」
そのまま川へと花を投げ入れる。ゆらゆらと流れていく様子をその場で眺めながら、 心の中で別れを告げる。これで、ようやくけじめがつけられた気がする。

帽子を深くかぶり直し、うつむきながら小声で呟いた。
「…いつか、必ず」
仇はとってやるからな。期待して待ってろ。
顔を上げて歩き出す。今はまだ一歩ずつ進めばいい。

時間は山ほどあるのだから。


2008.08.24 up