Menado Ensis

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Valkyrie Profile 2

謁見の間の扉を後ろ手に閉めると、エルドは先程から沈黙している同僚の顔色をそっと窺った。

今度の作戦についてロゼッタ王から彼に下された命令は、どう好意的に解釈しても『捨て駒』としか受け取れないものだったからだ。普段の彼なら、猛抗議するはずの命令にもただ黙って頷いていた。
彼は平然と金銭で裏切ったりする人種だから、今回もそうなのかと少し警戒していたのも確かだ。


彼の兜の下の表情を見たエルドは密かに息をのんだ。同僚──アドニスは、嗤っていたのだ。

不適な笑みを口元に浮かべるアドニスに、エルドは声をかけた。
「…何を嗤っている?」
あれじゃ死ね、と言われたようなモンじゃねえか。そう言ったエルドを振り返りながら、アドニスは面白そうに笑う。
「テメエが他人を気にするなんて、おかしな事もあるじゃねえか。槍でも降ってくんのか?」
「はぐらかすなよ。お互いに暇じゃねえんだから」
少しイラついたようなエルドの態度にも、特に何も感じていないようだ。

「傭兵は戦争しなきゃ意味ねえからな。──戦場に出れることを喜んで何が悪い?」
肩をすくめつつ悪びれもせずに言う。戦場に出て、戦う。確かにそれが傭兵の仕事だろう。
「仕事なら、生きて帰らなきゃ意味ねえんじゃねえの」
生命あってのモノダネだろ?嫌なら断りゃいいじゃねえか。 珍しく食い下がってくるエルドを、アドニスはからかうような声で続けた。

「こりゃあ本格的に天変地異の前触れみたいだな──俺に死相でも見えたってのか?」
一瞬身構えたエルドの気配に、アドニスは自分の指摘は間違っていない事を確信する。
「へえ、本当に見えるのか。てっきりガセネタだと思ってたぜ…噂話もたまには当たるんだな」
腕を組み感心したような態度で、口元だけに笑みを残しながらエルドの顔を覗き込んだ。
「それで、いちいち忠告してやってんのか?お優しいことで。いっそ暗殺者なんて辞めて、聖職者にでも転職すればいいんじゃねえの」
「お前、寝ぼけてやがんのか?それとも頭がいかれてんのか?──死にたがりを素直に死なせてやるほど、俺は優しくないだけだ」
エルドは鼻をならして不快感を表す。


「話は終わりだ。先に行くぞ」
不愉快そうに眉間にしわを寄せて廊下を歩き出したエルドの背に向かって、アドニスは声をかけた。
「死にたがり、ねえ──アタリだぜ」
驚いて振り返ったエルドに、嗤いを含んだ口調で言った。

「もう、そんなに長くねえんだとよ。どうせなら戦場で死にてえ」
そう簡単にやられるつもりは無いけどな。まるで夕飯の献立でも教えるかのような気安さで、さらりと告げられた内容に、エルドは眼を見開いた。
「という訳で、だ。今度の仕事に手ェ出したら、ただじゃ置かねえからな」
そう言い捨てると、エルドを置いてさっさと行ってしまう。エルドは少しの間だけ唖然としていたが、後ろから小走りに追いかけてアドニスの横に並んだ。
「誰がお前の援護なんてするかよ。お前が無様にやられるところを、高みの見物ときめこんでやるぜ」
まあせいぜい無駄死にしないように足掻くんだな。そう言ったエルドを横目で見つつ、アドニスは不敵に笑って背を向けた。


2008.08.31 up