Menado Ensis

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Valkyrie Profile 2

降り積もった雪に足をとられながら、魔智は懸命に走っていた。
肩越しに何度か背後を振り返って敵の影が見えない事を確認すると、ようやく立ち止まった。 すぐそばの木にもたれかかりながら、弾んだ呼吸を整える。

思ったより遠くへ来てしまったらしい。
散開して逃げ出したはいいが、執拗に追いかけられて── そこまで考えて、ふと思い当たる。

これはひょっとして、迷子、というやつではなかろうか。


『迷子になったらその場を動かないように』
必ず迎えに行くから。物覚えの悪い子供に言い聞かせるように、何度も繰り返していた騎士団長の言葉通りに、魔智は木のそばで立ち尽くしていた。

もう子供じゃないんだから、団長は心配性ね──苦笑していた黒髪の軽戦士とのやりとりを思い出す。
『貴方達も大丈夫、よね?』
迷子になったりしないわよね、ということだ。自分は何と答えただろうか。
曖昧にごまかした、ような気がする。あまり覚えていない。


(……雪、か。)
故郷では見た事が無かったな。ぼんやりと景色を眺めつつ思う。
ふわふわとしているのに、指先に冷たい感触が伝わる。 そういえば、雪を丸く固めたものを投げて遊んでいる金髪の弓闘士がいたな──などど考えていると、遠くに人の声がした。

「おおーい」
無造作にざくざくと歩きながら近づいてくる。あの声はたしか、同郷のカラクリ師だ。
「いないのー?聞こえたら返事くらいしなさいよーってひゃあ!」
あの様子じゃあ転びそうだな、と思って眺めていたら本当に転んだ。しかも顔から。
盛大に呪詛の言葉を撒き散らしながら起き上がる紗紺と眼が合い、思いっきり睨みつけられた。

「いるんならさっさと返事くらいしなさいよ!アンタのせいで転んだじゃないの!!」
雪を払いつつ近づいてくる紗紺に、軽く肩をすくめてみせる。
「転んだのはお前の不注意が原因だろ?…俺のせいにされても困る」
「アンタが迷子になったから探しに来たんでしょ!ほんっとに鈍くさいんだから!」
それもそうか。妙なところで感心していると紗紺が正面にきて、魔智の方に手を伸ばした。

「頭に雪、積もってるわよ。アンタどれだけ──」
ここにいたの、と続く言葉ごと手をはねのけられた。乾いた音が耳に残る。 少し驚きながら魔智を見た。

「──すまない。触らないでくれないか」
軽く眉間にしわを寄せ拒絶する態度を見せる魔智に、紗紺のなかの何かがきれた。
「…っ人が!親切に!してやってるのに!!なんなのよその態度はっ!──もう知らない!」
言うなりくるりと背を向けて、ずんずんと歩き出した。魔智もその後に続く。

合流地点に向かって歩いてはいるが、二人の間には何ともいえない気まずい空気が漂っていた。


先に沈黙を破ったのは魔智だった。
「さっきはすまなかった」
「知らない」
取り付く島もない紗紺に、構わず続ける。

「人の体温が──気持ち悪い、んだ。ずっと独りでいたせいだと思うんだが」
お前に対してだけじゃない。告げられた言葉に驚いて思わず足を止めて振り向いた。
「ずっと独りだったから──って、アタシも独りだったけど、そんな風にはならなかったわよ」
「個人差ってヤツじゃないか?…俺の方がお前より繊細だった、というだけだろう」
肩をすくめながら珍しく軽口で返してきた魔智を見上げつつ、目線をそらさずに紗紺は訊いた。

「アンタ、一体、何して故郷を追われたの」
「お前も知ってる通りさ。罪を犯して逃げ出してきた」
「だから、何、の罪かって訊いてるのよ」
「……暗殺──未遂」
とても小さな声で告げられた答えに、紗紺は鼻をならした。
「アンタらしいというか何というか──で?どんなヘマをやらかして失敗したの?」
きっと鈍くさい理由なんでしょ。軽い気持ちで問いかけたが、魔智は一瞬身を硬くした後、 自虐的な笑みを口の端に浮かべた。
「別に、大した理由なんて無いさ」

全ては時の運、ってね。俺がツイてなかっただけさ。

魔智は軽く頭を振ると、この話は終わりと言わんばかりに話題をかえた。
「──雪、珍しくないか。故郷では見なかった」
急に話を打ち切られた不満からか、紗紺はふてくされながら答える。
「珍しくも何ともないわよ、こんなの。要はかち割り氷と一緒でしょ」
アレをさらに細かくしたようなヤツよ──予想外の言葉に、魔智は眼を瞬かせた。
「…なるほど。そういう考え方もあり、か」
適当に流した自分の答えに、思いのほか真剣な言葉が返ってきたので、 紗紺は慌てて付け足した。
「ちょっと!本気にしないでよ!冗談に決まってるでしょ!?」

しゃがみこんで何やらやっている魔智の周りをウロウロしながら、これだから魔術師を相手にするのは嫌なのよ──と呟いていると、いきなり顔に何かがぶつかった。
「っ!」
ぱしん、と小気味よい音と冷たい感触──雪玉をぶつけられたんだ、という事を理解するのに少しかかった。

「わかってるよ。騎士団長達が待ってるんだろ?急いだ方がよくないか」
立ち上がって先に歩いていく。先程ちらりと見えた魔智の顔が、微かに笑っているように見えたのは、きっと気のせいに違いない。

紗紺は拳を固めて深呼吸を一つすると、手当たり次第に雪の塊を掴んで、先に行っている魔智の背に向かって投げつけた。
「このアタシに喧嘩を売ろうなんて、百年早いのよ!」
笑いながら雪玉を投げる。魔智が肩越しに振り返りつつ、小走りに逃げていった。


さっきの魔智の笑顔が可愛くて、思わずときめいた──なんて、くやしいから一生の秘密だ。


2008.08.25 up