Menado Ensis

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Valkyrie Profile 2

突然空いてしまった予定に、クレセントは退屈を持て余していた。


全てにおいて気まぐれな戦乙女は、昼食をとっていた彼女の元へ来るなりこう言ったのだ。

「午後からの予定だけれど、この先に進む為に他の者たちを鍛える事にしたわ。──そういう訳だから、あなたは今日一日ゆっくりしていてちょうだい」
ではね、と身を翻して去っていった戦乙女の後姿を、呆然と見送ったのがつい先ほどの出来事だ。

今日はアリーシャたちに付き合うつもりでいたから、急にそんなことを言われても困ってしまう。
「うーん、どうしようかなあ……」
ため息をつきつつ、ちらりと窓の外を窺う。
「外はいい天気だし、部屋で過ごすのも不健康だよね…きっとエーレンもそう言うと──ってそうだ!」
ぶつぶつと呟いていたクレセントは、ぽん、と手を打つと眼を輝かせて続けた。
「いつも一緒にいたんだから、きっとエーレンも今日は留守番してるよね!久しぶりに稽古つけてもらっちゃおうかなあ!!」
うん、そうしよう!と、笑顔でひとりごちると、足取りも軽く男性陣の宿泊する部屋へ向かった。


部屋の前までくると、深呼吸を一つしてから控え目に扉を叩いたが、しばらく待っても反応が無い。首をかしげながら、もう一度叩いてみたが結果は同じだった。
「エーレン、いる?」
おずおずと扉を開けて部屋を覗き込むと、がらんとしていて動いている人の気配が無い。
「あれ?誰もいないのかな……」
少し残念そうな声を出しながら、クレセントは部屋の中へ足を踏み入れた。
きょろきょろと周りを窺いながら進んでいくと、扉からは死角になる壁際に誰かがいるのに気がついた。

「なーんだ、やっぱり誰かいたんじゃない」
一人くらい留守番してないと色々と不都合があるもんね、と呟きながら、そっと相手を窺う。
「……げっ!誰かと思ったら──アドニスじゃない!」
壁を背にして座り、剣を肩に寄せて俯いているアドニスに対し、一瞬で身構えるも相手が何の反応も示さないのをみて軽く首をかしげた。
「いつもならアタシの顔を見るなり嫌味の一つも言ってくるのに……ひょっとしてコイツ、寝てる、の?」
そっと側に近づいて傍らに腰を下ろすも、アドニスが眼を覚ます気配は無い。珍しいものでも見るように、クレセントはアドニスの顔を覗き込んだ。よくよく耳をすませば、かすかに寝息も聞こえる──ような気がする。
「ホントに寝てるんだ……」

確かに今日は天気がいいし、アドニスの座っている場所は日当たりも最高だ。アドニスじゃなくても昼寝したくなってもおかしくない。
「コイツも、もっと普通にしてれば少しは尊敬出来るんだけどなあ……そうすればアタシも、もっと素直になれるのに」

黒刃のアドニスに初めて会ったときの事を今でも覚えてる。
エーレンと並んで最強と称される、カミール17将の一人に会えるんだと、ガチガチに緊張していた。
ゼノンに紹介されたアドニスは、開口一番こう言った。

『お飾りにするにしても、だ。もっとマシなのは居なかったのかよ。こんなガキじゃあ何の役にも立たないぜ』


「──思い出したら、むかついてきた……」
気持ちを落ち着けようと、何度か深呼吸を繰り返す。しばらく繰り返していると、落ち着いたと同時に眠気が忍び寄ってきた。
「アレ……?何か眠くなってきちゃった……」
ふわあ、とあくびを一つこぼすと、クレセントはそのまま壁にもたれかかる様に意識を手放した。



「すまない、遅くなった」
夕刻になって部屋に戻ってきたエーレンは、壁に寄りかかり寝ているアドニスと、隣に座って眠っているクレセントという微笑ましい光景を見て、思わず笑みをこぼした。


2009.02.11 up