Menado Ensis

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Valkyrie Profile 2

地響きをたてて仰向けに倒れた目の前の化け物──大陸では不死者、と言うらしい──が確かに絶命したのを見届けて、ようやく魔智は構えを解いた。
気を緩めた瞬間に襲ってくる激痛を、歯を食いしばってやり過ごす。
「……っ、そろそろ限界、かな…」
はあ、と一つ息をこぼすと、震える手で杖を握りしめ踵をかえした。


故郷を追われ大陸に渡った後、辿り着いたのは港に程近い村だった。今は、その村のはずれに粗末な小屋を借りてひっそりと住んでいる。
薄暗い小屋に入ると、明かりもつけずに椅子に腰掛けて卓に肘をつき眼を伏せて、帰る道すがらずっと考えていたあることを思い浮かべた。

以前はさほど多くなかった不死者の襲撃は、ここのところ頻繁になっていた。村の周辺には魔智が施した魔よけがあるにも関わらず、だ。
「つまり──俺の力が落ちてきている、という事か……」
思っていたよりずっと早かったな、と自嘲的な笑みが口の端に浮かぶ。
あの日以来、常に身体を苛む痛みにも大分慣れた。大陸で初めて、不死者を倒す為に魔術を放った時の身体中に走った激痛には参ったけれど。

全ては自分自身が招いた結果だ。他人を信じすぎた──人を見る眼が無かったが故の。



ふと目線を上げ側に置いていた杖を手に取ると、薄暗い小屋の隅に向かって声をかけた。
「そこに居るのは誰だ」
「……私の存在に気づいていながら椅子から立ち上がらないのは、余裕の表れなのかしら──それとも、もう立ち上がる力も残っていないのかしら?」
侵入者の声が若い女のものだった事に驚き、暗がりから歩み出てきたその姿を見て二度驚いた。

最初に眼に飛び込んできたのは、緩やかな曲線を描く髪の毛だった。そして羽飾りのついた兜と浅葱色の鎧。それらが指し示すものは。

「──戦乙女?……本当に存在したのか」
後半は口の中で呟くと、魔智は軽く眉を寄せて問いかけた。
「こんなところに一体何の用だ。ここにはお前達が望むようなものは何も無い筈だぞ」
「あら、ご挨拶ね。貴方を迎えに来たのかもしれないじゃない」
「それだけはありえないな。何があろうとも、絶対に」
迷い無く言い切った魔智を見て、戦乙女は初めて笑みを浮かべる。
「面白いこと言うのね、貴方。気に入ったわ。私の名はシルメリア。──貴方は?」
「……魔智、だ」
先に名乗られては名乗らない訳にもいかず、不承不承という様子を隠しもしない魔智に対し、シルメリアはどこか楽しそうに続ける。
「マサト、ね。覚えておくわ」
「……」
「主神は貴方の技術を高く評価しているの。今までのエインフェリアには無い技術──確か符を媒介とした秘術、だったかしら」
沈黙を肯定と受けとり、シルメリアは言葉を紡いだ。
「この村を中心として四方に散らしてあった木片にルーンを刻んだものを見たわ。魔術にはあまり詳しく無いのだけれど、あれは魔よけの一種かしら?とても力の篭った札だった。私は、貴方を迎えに来たのよ」
「──ちっぽけな人間ごときを相手に、しくじるような術が?」
不意に告げられた言葉に、シルメリアは弾かれたように魔智を見た。

「買いかぶりすぎだ。お前が先ほど言った符も、もう効果が薄れてきているからな。この村も近いうちに不死者に襲撃されるさ」
それと、と面白くもなさそうに告げる。
「戦乙女が嘘つきとは思わなかったな」
「……私が、嘘をついたというの?」
「瞬きの回数が多いし、少し落ち着きがないように見える。心音も高いみたいだな──ひょっとして、気づいてなかったのか?」
「──っ!」
図星だったようで、シルメリアの頬が赤くなる。その様子を横目で見ながら魔智は言った。
「嘘だ」
「なっ……!」
「本当に嘘をついていたとは思わなかった。その反応も少し意外だ。ひょっとして顔に出やすい奴なのか?お前──戦乙女も人と同じなんだな」
口の端に微かな笑みを浮かべる魔智に対し、シルメリアがどこか脱力したように溜息をついた。


「参ったわね、降参よ。本当は、この辺りの不死者の動きがおかしいから探っていたところなの。その時に、貴方の施した符に気がついたってわけ」
「……それで?」
「術者を見てみて、信用が出来そうな相手だったら、一応警告してあげようと思ったのよ。近いうちに、この村は不死者に襲撃される、って」
「それはそれは、ご丁寧に痛み入る。ついでに近いうち、というのがいつ頃なのかも教えて貰えると嬉しいんだが」
「そうね。大体のところだけど、5日以内、というところかしら」
5日、と魔智が難しい顔で呟くのとは対照的に、シルメリアは笑顔になる。
「本当に面白いわ、貴方。見たところ、いつ死んでもおかしくない状態のようだけど、私と共に逝く気はない?悪いようにはしないから」
「断る」
戦乙女のこちらを見ている視線を感じつつも、決して眼を合わせずに、無意識に杖を握り締めた。

「すべき事も無く、ただ生きながらえる事に何の意味がある?あの時に死ねなかったから、その勇気が無かったから、まだこうして生き恥を晒しているだけだ……知ってるか?俺が化け物を呼び寄せているんじゃないか、と村の連中に噂されているのを。徐々に殺気立ってきたから、そのうち連中に殺されるのかもしれないな」
「貴方──」
魔智の自虐気味な言葉に驚いたシルメリアが何か言おうとしたとき、戸口の方で、かたん、と音がしたと同時に軽い足音が駆け去っていった。

「……今のは、村の子供かしら」
戸口まで歩いていき扉を開けたシルメリアは、何かを見つけたようで、屈んでそれを拾いあげた。
「これ、貴方への贈り物みたいよ」
そう言って唇に笑みを浮かべながら、手にした一輪の花を見せる。
「可愛い花ね。野の花かしら。あそこにある花も、あの子に貰ったの?」
ちらりと卓の上に無造作に活けてある数本の花に眼をやり、魔智は感情の篭らない声で答えた。
「怖い奴をやっつけてくれたお礼、だそうだ。最後に会った時にそう言っていた」
「最後?」
「数日前に流行り病で死んだ。先程の子供は、多分その子の兄だろう。俺のところに来るような人間は、その二人しか居ない」
「そう」
シルメリアは微笑みながら側まで来て、魔智に花を手渡す。
「良かったわね。一人でも理解してくれる人がいて」

渡された花を見つめながら、独り言のように微かに呟いた。
「……俺は、あとどれくらい生きていられる?」
「自分の身体のことは、自分の方が良くわかっているんじゃない?私は死神では無いから詳しくはわからないけれど、そうね、どんなに多く見積もっても7日が限界じゃないかしら」
寿命を宣告されたにも関わらず、特に取り乱しもしないで魔智は眼を閉じる。
「そうか」
「もう一度だけ訊くわね。私と共に逝く気はない?」
「──考えさせてくれ」
眼を閉じたまま眉根を寄せて答える魔智に、シルメリアは力強く頷いた。

「期待して待ってるわ」
また貴方に会えると信じている。微かに聞こえた声だけ残して、戦乙女は闇に消えていった。


2009.04.05 up