Menado Ensis

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Valkyrie Profile 2

その日の朝は、珍しく寝覚めが良かった。

寝台の上に身体を起こして、こんな朝は何年ぶりだろう、と思う。今までの経験から予測すると、こういう時は決まって面倒な出来事に巻き込まれる──そんな考えが頭をよぎり、魔智は溜息を吐くと寝台を降りた。


「あ、ちょうど良かった。今起きたの?」

部屋を出たところで声をかけられた。そちらを向くと、赤い鎧の軽戦士が片手をあげてこちらへ歩いてくるところだった。もう一方の手に何か箱のようなものを持っている。
何となく嫌な予感がしたけれど、一応訊いてみた。眉間に皺がよるのを隠すことは出来なかったが。

「……何か用があるのかい?」
「そんなに嫌そうな顔をしなくたっていいじゃない。ちょっとした相談があるのよ。ここで立ち話するのもなんだし、食堂へ行かない?貴方、朝ご飯まだでしょ?」
苦笑しながら移動を促すフローディアに、多分無駄だろうとは思いつつも抵抗してみた。
「朝は、食べないんだ」
「あら、そうなの?じゃあ、お茶にしましょうか──先に行ってるわね」
出来るだけ早く来てね、と踵を返したフローディアを見送り、魔智は軽く肩をすくめてから、ゆっくりと食堂に向かった。



さして広くない食堂を見回すと、先に席に着いていたフローディアが片手をあげて合図してきた。
嫌な用件は出来るだけ早く済ませたかったので、彼女の座っている席の側まで近寄り、立ったまま尋ねた。
「……それで、用件は?」
「せっかく食堂まで来たのに、立ち話をするの?まあ、ちょっとそこに座りなさいよ」

笑いながら相席を促され、仕方なく座る。フローディアは卓に置いてあった茶器を手に取って、魔智に茶を淹れてくれた。
「はい、どうぞ」
「……どうも」
「それでね、この箱なんだけど」
そう言って魔智の目の前に差し出してきた物は、先程まで彼女の手の中にあった箱だった。
「女の子たちが見つけた物なんだけど、どうやっても開かないらしいのね。それで、ひょっとしてこの箱は呪われてるんじゃないか──って騒いでいたところを偶然通りかかったの」
フローディアは困ったように笑いながら肩をすくめた。

「そんな禍々しい気配も感じないし、普通の箱だと思うわよって言っても全然信じてくれないの。だったら専門家に訊きましょうって事になって……貴方、確か呪術とか詳しかったわよね?」
「……その程度の判別なら、誰でも出来ると思うけど」
「誰でも出来るものなら、貴方でもわかるわよね?この箱、呪われてたりは──」
「しない。普通の箱だ」
きっぱりと否定する。魔智の答えに、フローディアもほったしたらしい。にっこりと笑って言った。
「やっぱりそうよね!ああ良かった。これで女の子たちにも安心するように言えるわ」
「……これで用件は済んだだろう?」
じゃあ、と席を立とうとすると、フローディアは慌てて引き止めてきた。


「ちょっと待って!私の相談はこれからなの──実は、一緒に組んでくれる人を探してるの。どうせなら、軽戦士・重戦士・弓闘士・魔術師が一人ずつ居た方が、バランス良くていいじゃない?そこで相談なんだけど、貴方さえ良かったら一緒に組まない?」
「……わざわざ俺なんて誘わなくても、お前の知り合いだけで組んだ方が良いと思うんだが」
そうすれば、いないのは弓闘士だけだろう。魔智がそう答えると、フローディアは小首をかしげた。顎に手をやり、訝しげに呟く。

「私の知り合いに魔術師はいないと思うけど?」
「一人いるだろう?黒いフードの奴が」
途端、フローディアの気配がピリピリとしたものに変わる。
「あんな奴と組むくらいなら、死んだ方がマシよ」

その雰囲気から察するに、どうやら魔智は地雷を踏んだらしい。それも特大のモノを。

「気に障ったのなら謝るよ──確かに生前の知り合いなら、何かしらの因縁の一つや二つくらいあるものなんだろう。そこまで考えてから発言するべきだった」
すまない、と頭を下げた魔智を見て、苦笑しながらもフローディアは緊張を解いた。
「貴方ってちょっと変わってるわね。まあいいわ。この事はもう気にしないでくれる?私も気にしないから」
「わかった」

頷いた途端、フローディアが卓の上に身を乗り出してきた。
「そこでお願いがあるんだけど……」
意外としたたかな女戦士に上目遣いで見つめられ、魔智は口の端にうっすらと笑みを浮かべる。
「──構わないよ。俺も、戦乙女から誰か一緒に組んでくれる人を探せと言われていたところだったからね」
「本当に!?ありがとう、助かるわ!」
フローディアは満面の笑みで乗り出していた身体を戻して姿勢を正すと、すっかり冷めてしまったお茶を一口啜った。

「さて、と。残りの人選だけど、誰か希望はある?個人的には、アドニスと組んでみたいところだけれど」
「アドニスって誰?」
「ああ、そうか。貴方は知らないわよね。私たちの時代にカミール丘陵の大戦っていう大きな戦争があったんだけど、その当時の最強の戦士って言われてる人なの……まあ人格的に問題のある人らしいんだけどね。知名度だけはあるのに、ちっとも英雄視されていないし」
「……問題のある人間と組みたいのかい?」
相当変わってるね、と軽く首をかしげながら訊く魔智に、フローディアは慌てたように手を振る。
「や、それは、その、ちっ違うの!あのね、うちのバカがね、『あの人は噂と違って普通の人だ』って言うから気になっちゃって」
そう言って照れながら頬を掻いた。うちのバカ、とは彼女の大切な人なのだろう、と目測をつける。その人とは一緒に組まないのだろうか、と思いつつも逸れてしまった話を戻した。

「で、そのアドニスって人はまだ誰とも組んで無いのかい?」
「うーん、多分まだ大丈夫だとは思うけど……アドニスって黒い鎧を着ている重戦士なんだけど、誰かと組んでるところ見た事ある?」
その言葉に二三度眼を瞬かせると、魔智は何かに納得したように頷いた。

「ああ、あの呪われている彼か」
魔智の告げた言葉に、フローディアは眼を見開いて硬直してしまった。そして驚きを隠せないままに魔智を問い詰める。
「ちょ、ちょっと待って。アドニスが呪われてるなんて話、初めて訊いたわよ」
「彼が、と言うより彼の血筋が──という感じだけれど。ああ、そうだ。アドニスという人があの黒い鎧の彼なら、一緒に組むのは遠慮したいな。身近であんな物騒な気配を漂わされたのでは、とてもじゃないが気が休まらない」
なおもフローディアが言い募ろうとしたとき、二人の間にふいに人の気配が割り込んできた。

「ねえ、これってひょっとして秘密箱ってヤツ?」

声の主は、同じエインフェリアの弓闘士だった。フローディアも一二度見た事のある人物だ。 その眼は、先程から放置されていた卓上の箱を見つめている。
「ええと、貴方は確か、弓闘士の──」
「紗紺っていうんだ。で、これは秘密箱なの?」

紗紺はフローディアの事などそっちのけで、しきりに箱のことを気にしている。そもそも秘密箱、というのが何なのか理解出来ないフローディアが返事に窮していると、魔智がのんびりと言った。
「多分そうだと思う。自信があるようなら開けてみるかい?」
「ふっふっふ……言ったわねえ!この紗紺様にかかれば、こんな箱の一つや二つくらいあっという間に開けてみせるわよ!」
眼を爛々とさせ奪い取るようにして箱を掴み、床に座り込んで何やら弄り始めたしまった紗紺を、フローディアはあっけにとられたような表情で見つめた後、魔智に向き直り軽く睨んだ。

「呆れた。貴方、最初からあの箱の正体に気づいていたの?」
「まあ、何となくね」
「知ってたのなら教えてくれてもいいじゃないの!まったく……それで、秘密箱って一体どういうものなの?」
「簡単に開けられたりしないように細工されてる箱のことだよ。いくつかの仕掛けを正しい順序で解除しなければならないんだ。あの箱、開けるのに手間取りそうだったから黙っていたんだけれど、どうにか無事に開きそうで良かったじゃないか」

話しながらも面白そうに紗紺の手元を眺めている様子をみて、フローディアは溜息を一つ零した。すでに魔智の興味は、黒鎧の重戦士より眼前の箱に移ってしまったらしい。
「──わかったわ。重戦士は私の知り合いに当たってみる事にしましょう。それで、弓闘士は…」
誰に、と言おうとしたところで、紗紺が勢いよく立ち上がり得意そうに笑った。
「どうだ!ちゃんと開いたわよ!!」
卓の上に箱を置き、そっと蓋を開ける。すると軽やかな音が流れてきた。

「オルゴールだったのね……綺麗な音」
フローディアが呟くと、魔智も感心したように紗紺に話しかけた。
「へえ、やるじゃないか。こういう作業は得意なのかい?」
「この程度なんて軽い軽い。アタシはカラクリを作るのが得意なの。これくらいの仕掛けなら、もっと大規模なヤツを作った事があるわよ」
何やら会話が弾んでいる様子の二人を眺めて、ふと思う。

──誰と組むかを考えるのは、もう少し後でも構わないかな。


フローディアは眼を閉じ、オルゴールの奏でる音にしばらく聴き入った。


2009.07.29 up