Menado Ensis

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Valkyrie Profile 2

近くにあれば距離を置きたいと思うのに、遠くにあるとじっくり観察したくなってしまう。
我ながら困った性格だと思う。

その日、雨に降られてずぶ濡れで帰ってきたアドニスが、部屋の隅で武具の手入れをしているのを魔智は手持ち無沙汰に眺めていた。
戦乙女の方針で、同室になる相手は3日おきに入れ替わる。中には生前の柵とかで絶対に同室にならない組み合わせもあるらしいが、魔智には因縁の相手などいないのであまり関係が無い。
次の相手はエーレンとアドニスだと聞いた時に、同じ空間に居るのは僅かな間だけだしまあいいか、と深く考えもせずに了承した。本音を言えばアドニスと同室というのは、とある事情によって落ち着かないのだが。

今日は朝から雲行きが怪しかったので、せっかくの休暇だが部屋で過ごす事にした。
魔智は、もともと外に出たりするのはあまり好きではない。これ幸いにと仲間の魔術師から書物を借りて読んでいた。
借りた本を読み終え、さて残りの時間は何をして過ごそうかと思案していたところに、アドニスが戻ってきたのだった。
運の悪い事に今日の睡眠時間はばっちりで、体調も珍しく──魔智にしては、だが──とても良い。そして何より肝心なのが、魔智は今、とても退屈しているという事だった。
ただ退屈に過ごすより、多少苦手でも興味のある素材を見ていた方がいい。そうと決まれば、先程より熱をこめてじっくり眺める。

──彼にかけられた呪は、どの程度の代物かな。

アドニスとは生きていた時代や出身が違うので見たことの無い術式だったが、呪術は魔智の得意分野だ。どんな魔術でもある程度基本は同じなので、おぼろげながらも何となくはわかる。
いつになく熱心に見つめていると、武具の手入れが終わったらしいアドニスが振り向いた。
「何ジロジロ見てんだよ」
「単なる興味本位、かな。気にしなくていいよ」
「野郎に熱い視線を向けられたってなあ。ちっとも嬉しくないぜ」
軽口を言いながら上着を脱ぐアドニスに、手近にあった乾いた布を渡してやる。
「悪いな」
「いや。──そういえば、素顔を見たのは初めてだな」
「ああ?そりゃそうだろ。テメエと同室になったのは今回が最初だろうが」
乾いた布で頭を拭きながら、ふと何か思いついたようにアドニスはにやりとした。
「折角だから感想でも言ってみろよ」
「……そうだな。リシェル団長の言う通り、かな。フローディア曰く、『眼が二つあって鼻が一つで、口が一つあるだけ』と言っていたそうだよ」
「へえ、あの女団長さん随分と面白え事言うんだな。気に入ったぜ」
アドニスは動かしていた手を止め、魔智を見る。

「で?テメエの方は俺をじっくり観察してたみたいだが、何かわかったのか?」
嗤っているように見えるが、眼だけが冷酷な光を浮かべている。対応をしくじったら死ぬかもしれないな、と頭の片隅で考えながら、魔智は慎重に答えた。
「何となくだけどね。とても確実とは言えないけれど、それでも構わないかい?」
「いいから言ってみろよ。──いや、やっぱり言うな」
「……どっちだい?」
「わかっちまったらつまらねえだろ。まあ、確認したい事があるんで、一つだけ訊くぜ」
「俺に答えられる事なら」
アドニスの気まぐれな態度に、魔智は呆れたように肩をすくめた。
「この面倒臭え呪い、今も有効だと思うか?」
「一度死んで生き返った後も効力があるかどうかって事かい?そんなの死んでみなければわからないよ。二度目がある人間なんて、そうそう居ないだろ」
そんなわかりきった事を訊くなというような魔智に、アドニスは声を上げて嗤う。
「はっ、面白え。おい、俺がヘマをして死ぬか、それとも呪いで死ぬのか、そん時がきたらテメエが確認してくれや」
「……それは構わないが。俺も結果が気になるからね」
「約束したぜ。──それはそうと、着替え持ってきてくれねえか。どこにあるかはエーレンの野郎に訊いてくれ」
どうせ暇してんだろ。髪を拭きながら言うアドニスは、人に物を頼んでいるくせに肝心な事を告げていない。
「そのエーレン将軍は、どこに?」
「食堂にいるって言ってたぜ」
「わかった。じゃあ、ちょっと行ってくる」
魔智は億劫そうに扉へ向かい、取っ手を掴むと立ち止まって肩越しに振り向いた。
「……一つ、貸しにしておくよ」
「ああ、ツケといてくれ」
気が向いたら返すわ、とあっさり頷くアドニスに、思わず苦笑すると扉を開けて外に出た。


2010.11.13 up