Menado Ensis

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Valkyrie Profile 2

「ああもう、最悪!」

急に降り出した雨に、クレセントは慌てて軒下に駆け込んだ。手にした荷物が濡れていない事を確認して、ほっと一息つく。
「なーにが『今日は晴天』よ!……紗紺め、後で文句言ってやるんだから」
履物を投げて占う、という胡散臭いモノを信用した自分が馬鹿だった。軽く舌打ちしてしまうが、 あと少しで帰り着けるのだから、と気を持ち直す。

「エーレンは大丈夫かな……」
こんな日に限って別行動だなんて。不安な気持ちを抱えつつもクレセントは帰路を急いだ。


無事に宿に帰り着き、濡れた服を着替えてから食堂へ向かう。軽快な足音と共に背後から声をかけられた。
「あ、クレセントお帰りー」
声のした方を振り返ると、フィレスが手を振りながら近寄って来るところだった。
「さっき急に雨降ってきたでしょ?大丈夫だった?」
「まあ、少しは濡れちゃったけど…。でも買ってきたお茶菓子は無事だったよ!これから食堂でお茶にしようと思ってたんだ。フィレスも一緒にどう?」
「お茶菓子ってひょっとしてあのお店のヤツ?うわあ、1回食べてみたかったんだ!」
クレセントの誘いにフィレスは眼を輝かせる。そのまま食堂へ移動しようとして、はたと立ち止まった。
「そうだ、忘れてた。少し前にアリーシャに会ったから、エーレンも帰ってきたみたいよ?多分、部屋にいるんじゃないかなあ」
「えっ本当?それを早く言ってよ、もう!──じゃあ、先にエーレンに挨拶してくるね」
「わかった。先に食堂行ってるね」

フィレスと別れてエーレンの宿泊している部屋へ向かう。もうすぐ会えるかと思うと、足取りも自然と軽くなる。
扉の前で立ち止まり、深呼吸をすると取っ手に手をかけて一気に開ける。ノックするのを忘れた事に気がついたのは、裸の上半身が眼に飛び込んできてからだった。

「エーレン、いる──って、あ、と、スミマセンっ!」
声をかけると同時に、乾いた布で頭を拭きながら肩越しに振り返ったその顔を見て、思わず息をのんだ。


記憶の中より、少しだけ伸びたクセのある濃い茶色の髪と赤みを帯びた瞳。


──あの人だ!と、突然の再会にクレセントが硬直していると、眼前の人はからかうように声をかけてきた。
「何だ、お嬢様じゃねえか。エーレンの野郎なら食堂に行ったぜ。会わなかったのか?」
お嬢様、と言われて、ひょっとして自分は今まで名乗っていなかったかも知れない、と思い当たる。
「あっあの!アタシ、クレセントって言いますっ!」
高鳴る鼓動を感じつつも緊張しながらクレセントが名乗ると、相手は髪を拭く手を止めて訝しげに眉を寄せた。

「……?────知ってる」
自分の事を覚えていてくれた事が嬉しくて、思わず拳を握りしめる。その様子を見て、ますます眉間の皺を深くしていたが、ふと思い当たったように人の悪い笑みを口元に浮かべた。
「このままハダカが見たいだけなら金取るぜ?」
「っ!?し、失礼しましたっ!」
そういえば相手は着替えている途中だった──と、慌てて扉を閉めて身を翻す。数歩も歩かぬうちに誰かにぶつかった。

「す、すみませんっ!」
「こちらこそ、余所見をしていたもので。大丈夫かい?」
ぶつけた顔に手を当てながら見上げると、こちらを見下ろしている魔智と眼が合った。
「大丈夫、です。……そっちも怪我とかしてないですよね。それじゃ」
急いでいるので、と足早に立ち去っていくクレセントの背中を見送り、嘆息しながら扉を軽く叩いて返事も待たずに開ける。

「これ、頼まれてた着替え」
「遅えよ、風邪ひくかと思ったぜ。──そこに置いといてくれ」
がしがしと髪を拭いてる背中に、魔智はアドニス、と声をかけた。
「クレセント将軍が来ていたみたいだけど、何かあったのかい?」
様子がおかしかったみたいだけど。魔智の問いに、アドニスは眉を寄せて難しい顔をする。
「何だか知らねえけど、初対面でもねえのに自己紹介された」
「今更?……女は何考えてるのかわからないな」
「ま、大方遊びの延長だろ」
「そうなのかい。俺には理解出来ない遊びだ」
魔智は肩をすくめると、片手で挨拶して部屋から出て行った。後ろ手に扉を閉めると溜息と共に小さく呟く。


「──自覚が無いのも問題だな」

少し考えればわかるはずなのに、この様子だと彼女が彼の正体に気がつくのは一体いつになる事やら。


2009.12.13 up