Menado Ensis

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Valkyrie Profile 2

きっかけは些細な事だった。

無事に戦闘を終えて一息ついている魔智の傍に紗紺がやってきた。その不機嫌そうな顔に、自分はまた何かやらかしただろうかと魔智は首を傾げたが思い当たるふしは無い。
さてどうしたものかと黙っていると、紗紺が呆れたような声をあげた。
「アンタねえ、もうちょっとどうにかならないの?」
「何の事だ?」
「スピリチュアルソーンの話よ!アンタ呪術師のくせに、ちっとも当たんないじゃない!」
「……あの魔法は、もともと命中率の高いものではないが」
「それにしたって外しすぎでしょ!?」
「好きで外してる訳じゃない」
紗紺の言いように、魔智がむっとして言い返す。そのまま二人が睨み合っていると、成り行きを見守っていたフローディアが割って入ってきた。
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
「アタシはいつでも落ち着いてるわよ」
「命中率がどうとか、細かい事はいいじゃない。ちゃんと戦闘が終わって、こうやって無事にいられるんだし」
「それとこれとは話が別よ!あれだけ当てられないなんて、コイツ絶対に運に見放されてるに違いないわっ!」
「そうは言っても、うーん……。団長はどう思います?」
答えに窮したフローディアが傍観していたローランドに話を振る。こういう時ばかり頼りにするんだから、とローランドは苦笑しながら口を開いた。
「何を言っても無駄だろう。こんな時は、実際に試してみた方がいい」
「実際に試すってどうするの?そこら辺にいる雑魚を捕まえて、当たるまでやらせるとか?」
「いや、それでは手間がかかる」
そう言うとローランドは何かを紗紺に投げて寄越した。両手で受け止めたそれを紗紺はまじまじと見つめる。
「何コレ、ただの硬貨じゃない」
「勝負は単純なのがいいんだ。その硬貨が右手にあるか、左手にあるかを当てるというのはどうかな。これなら納得いくまでいくらでも出来る」
「ふーん。面白そうじゃない。いいわ、この勝負でアンタの不運っぷりを証明してあげる」
不敵な笑みを浮かべて紗紺が魔智を振り返る。魔智は眉間に皺が寄るのを感じつつ、無駄だろうとは思いながらもささやかに抵抗してみた。
「……俺はやるなんて一言も言ってないぞ」
「あら、初っ端から不戦勝?そんなんじゃつまらないでしょ。ほら、早く覚悟決めなさいよ」
「うむ、そうだな。丁度いいからここで休憩にしよう」
「そうですね、団長。──じゃ、私たちは周囲の見回りに行ってくるから、二人はここで留守番お願いね」
ローランドの決定に従い、危険なものが無いか見に行く事にしたフローディアが、こっそりと魔智に耳打ちした。
「意地を張って拒否するより、さっさと勝負しちゃった方がいいわよ。どうせ遊びなんだし」
じゃあ頑張ってね。フローディアが手を振ってローランドと共に出かけていっ た。二人を見送った紗紺はにんまりと笑う。軽く両拳を握りしめ、早くもやる気だ。
どうやら腹をくくるしかなさそうだ、と魔智は深く息を吐いた。


見回りを終えて先に戻ってきたフローディアが目にしたのは、悔しそうな顔で拳を握っている紗紺と呆れ顔の魔智だった。
膝詰めで勝負している二人の邪魔にならないように、ひっそりと近寄って魔智の隣に腰を下ろす。
「随分と調子良さそうね?」
「……見てればわかる」
うんざりとしたように話す魔智にフローディアが小首を傾げると、紗紺が声を荒らげた。
「もう一度!もう一回勝負よっ!!」
「まだやるのかい。いい加減に諦めたらどうだ」
「うるさいっ!文句言ってないで、さっさと選びなさいよ!」
「……右」
紗紺が唇を噛む。どうやら当たりだったらしい。
「──次よ!今度こそ!!」
「右」
「くっ!まだよ、もう一回!」
「左」
二人のやりとりを見ていてフローディアはある事に気が付いた。紗紺の両拳のうち、硬貨を握っていると思われる方の拳が──ほんの僅かに力んでいる事に。
じっくりと観察してみたが間違い無さそうだ。紗紺の様子からすると無意識の行動なのだろう。
「……ひょっとして、ずっとこうなの?」
「ああ。あまりにもあからさまなんで、何か裏があるんじゃないかと勘ぐってしまったくらいだ」
「そこ!何を内緒話してるのよ!」
小声で話す二人を見咎めた紗紺が眉を上げた。何でもないわ、とフローディアが困ったように微笑む。
「ねえ、提案なんだけど」
「一体何よ。アタシは忙しいのよ」
「この勝負っていつまでたっても決着がつかなそうでしょ。もうじき団長が戻ってくると思うから、そこまでって事にしない?」
「えー……どうする?」
「俺は賛成だな。このままだときりがない」
フローディアの提案に魔智が乗ってきた。紗紺は少し不満そうだったが、わかったと頷く。
「そうと決まれば、もう一回やるわよ!」
ローランドが戻ってくるまでに、何としてでも一度くらい勝たなくては。魔智は運に見放されてると言い切ってしまった自分の面目が立たない。
曖昧に笑っているフローディアに見守られながら、ローランドが戻って来るまで紗紺は負け続けた。


2011.07.24 up