Menado Ensis

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Valkyrie Profile 2

休憩のために寄った酒場で、アリーシャは人目を避けるように貼られている品書きを見つけた。 いつ頃から貼られていたのか少し古ぼけた感じのするその紙に興味を持ち、思わず声に出して読んでみる。
「──爆弾ケーキ?」
「なあに、いきなり。どうしたの?」
席に着くなり急に声をあげたアリーシャに、給仕と会話をしていたセレスが振り返る。
「あ、ごめんなさい。そこの壁に書いてあったから、ちょっと気になったの」
どんな料理なのかしら、とアリーシャは小首を傾げた。
給仕が笑いながら教えてくれたところによると、大皿に酒に漬けた果物や生クリームで飾り付けしたケーキを三段に重ねて、その一番上に小さな花火が火花を散らしているものらしい。 途中で食べ飽きたりしないように色々な工夫が施されている自信作です、と給仕は胸を張ったが、その分値が張るので頼む人はまず居ないとも。
説明を聞いただけでも、もの凄く甘ったるい味がしそうだと想像に難くない。
甘いものは苦手ではない──どちらかといえば好きな方だと自分では思っているセレスが、うんざりとした表情を浮かべたのとは対照的にアリーシャは瞳を輝かせた。
「とっても美味しそうですね……!私、食べてみたいです」
「……そうかしら。私は少し遠慮したいわね」
「ええっ!そんな事言わないで下さい。一人では食べきれないんです、一緒に食べましょうよ」
「嫌よ。あんなもの食べたら気持ち悪くなりそうだもの。先に宿を取りに行ってる二人が戻ってきたら、三人で食べればいいじゃない」
「あの二人が、一緒に食べてくれるでしょうか……」
アリーシャがしょんぼりと肩を落としたのと同時に、宿の方に行っていたゼノンとエルドが戻ってきた。
「お待たせ。部屋は確保出来たよ」
「ありがとう。このところ野宿が続いてたから、久しぶりに寝台で眠れるのは嬉しいわ。それはそうと、私、少し疲れてるの。先に失礼して部屋で休んでいるわね」
二人が腰を下ろすのと入れ替わりにセレスが席を立つ。その後ろ姿を見送りながら、ゼノンがアリーシャに問いかける。
「それで、何の話をしていたんだい?」
「あの、私、食べたい料理があるんですけど、一人では食べきれないので……。良かったら一緒に食べてもらえませんか?」
「大皿しかない一品料理なのかい。じゃあ、お相伴させてもらおうかな。三人でなら食べきれるんだろう?」
「俺を頭数にいれるんじゃねえよ」
二人の会話を黙って聞いていたエルドが不機嫌そうに口を挟んだ。
「いいじゃないか。エルドだって空腹なんだろう。たまには皆で食べるのも楽しい経験だよ」
「……ふん。変な物が出てきたら容赦なく残すからな」
嫌そうな顔をしてエルドが外方を向く。おろおろして見守っていたアリーシャにゼノンは笑いながら頷いてみせた。
「あっ、ありがとうございます!」
ぱっと顔をほころばせて礼を言うアリーシャを横目で捉えながら、まあこういう事もたまにはいいか、とエルドは考えたが、そんな風に思えたのも注文した料理が届くまでだった。


目の前に置かれた大皿に聳え立つ爆弾ケーキに、ゼノンとエルドは顔を引き攣らせた。
「まあ、とっても美味しそう!」
アリーシャが期待に満ちた瞳で嬉しそうにフォークを手に取る。沈黙したままの二人に笑顔を向け、甘いものが苦手なエルドにとっては残酷とも言えることを告げた。
「一人一段、お願いできますか?」
「……いいんじゃないかな。すまないけど、ちょっと失礼するよ」
胃の辺りをさすりながらゼノンが立ち上がる。心配そうなアリーシャにゼノンは微笑んでみせた。
「少しばかり食あたりしそうだからね。胃薬を飲んでくるだけさ」
先に食べていて構わないよ、と言い残して去っていくゼノンを尻目に、エルドは給仕を呼んできつい酒を頼んだ。経験上、こんな物は味わう間もなく流し込むに限る。

「……ゼノンさん、戻ってきませんね」
ゼノンが席を立ってから随分たったが、一向に戻ってくる気配がない。
(逃げやがったな、あの野郎……!)
エルドが心の中で悪態をついていると、気を取り直したアリーシャが困ったように笑いながら小皿を手に取った。
「ゼノンさんの調子が良くないようですから、二人で食べてしまいましょうか。色んな果物があって美味しそうですよ。エルドさんはどこが食べたいですか?」
「…………甘くない部分がいい」
「甘くないところ、ですか。うーん、だったら一番下の段はどうでしょう。生クリームも少なめですし、生地にお酒が含ませてあるみたいですよ」
「……じゃあ、それでいい」
エルドの希望を聞いて、アリーシャがせっせと小皿に取り分ける。大皿に残った二段分のケーキはどうするんだと思ったが、エルドの目線に気が付いたアリーシャは頬を赤らめて恥ずかしそうに微笑んだ。
「あ、残りは私が食べます。──これくらいなら、頑張れば一人でも大丈夫そうですから」
周りの喧騒が遠くに聞こえるくらい気まずい雰囲気のなか、黙々と食べ進めているとエルドが口を開いた。
「何でいきなりこんな事したんだ?」
「え?」
「甘いもん喰いたいだけなら、もっと小さいのがあるじゃねえか」
顔を上げたアリーシャに、顎をしゃくって近くの卓を示す。ちょうど小さめのケーキが運ばれてきた所だった。
「それで、他の連中を巻き込むだけの、くっだらねえ理由がお前にあるのかよ?」
「それは……」
俯いたアリーシャが話し出すのを待ちながら、通り掛った給仕に酒のおかわりを注文した。理由なんて無くて、単なる思い付きだったらこれ以上は付き合いきれない。今すぐにでも戦乙女にかけあって、チームを変更するか解放かを選ばせてやる。
エルドが物騒な事を思案しているとアリーシャがぽつりと話し出した。
「──ザンデさんが言ってたんです。『仲良くなりたいなら、皆で大皿の料理を食べるのがいいんだぜ!』って」
「……」
「一つのお皿から話題が出るから、よく知らない人同士が親しくなるには打って付けなんだそうです。私は失敗しちゃいましたが」
ザンデさんなら上手くいくんだろうなあ。アリーシャが寂しそうに笑う。眉間に皺が寄っていくのを感じながら、エルドは一つ息を吐いた。
「……大体お前のやりたかった事はわかった。けど、やり方が悪いんじゃねえか」
「やり方が良くない、んですか?」
「ああ。そういう『大勢で一つの皿を囲む』ってヤツは、注文する時から意見を言い合うもんなんだよ。どれがいいだの、それは嫌いだの、くだらねえ事を話しながら決めるんだそうだ」
「まあ、そうだったんですね。教えて下さってありがとうございます。エルドさんがそういった事に詳しいなんてちょっと意外だったんですけど、やっぱり誰かに教わったりしたんですか?」
「…………あの逃げ足の速いヤツが、人が嫌がってるってのに、目の前で熱弁を振るってくれたんだよ」
心底嫌そうにしているエルドが可笑しくて、アリーシャは声をあげて笑った。エルドに睨まれる前に卓に向き直る。
「次は失敗しないように、皆さんの意見も聞こうと思います。今は、残りのケーキをやっつけてしまいましょう」
どちらが先に食べ終わるか競争ですよ、とアリーシャが微笑む。二段あった筈の大皿の上には、あと四分の一程度しか残されていなかった。


2012.01.09 up